理科の授業は幸いなことに班行動だったので、大きなことは何も起こらずに済んだ。

「ねえ美織ほんとに大丈夫?マジで顔色悪いけど」

「え、大丈夫だよ、ほんとに!安心して」

「んー、なら、いいけど…」

香苗は納得のいかない顔だったけど、まあいっかという感じで教室に帰る準備をし始めた。
理科室を出ようとしたとき、急に一軍のリーダーが香苗に話しかけた。
取り巻きたちは私をにらむ。

「なに?あんたたち」

香苗が強気に言う。

「香苗ってさあ、なんでずっとそいつと一緒にいれるわけ?ウチだったら絶対無理~笑」

取り巻きもそれに続いて、しゃべりだした。

「それな!香苗って顔いいからうちらのとこきてもよくない?」

「え、香苗おいでよ~!そんな蛙化女なんてほっといてっ」

私がいる前で、なんでそんなにはっきり言えるんだろう。
香苗がついていくわけ―

「いいの、仲間いれてくれんの?」

「え」

一軍たちは驚いた顔をしたが、すぐににこにこと媚びを売るような目つきになった。

「え、マジで!?」

「香苗ならいいよ、ねぇ!」

「香苗―」

嫌だ。
香苗にまで見捨てられたら、私、もう―

「って言うと思った?」

「え?」

その場にいる全員が、多分同じような顔になった。
それぐらい香苗の声と表情はさっきと全然違って、怖かった。

「あたし言っとくけどさ、あんたたちみたいな奴らと関わりたくないんだわ。美織のこといじめてそんなに楽しいの?美織じゃなくてさ、あたしにできる?それ。あたし美織のこと誰よりも大好きだから簡単に捨てるわけないじゃん。ばかなの?」

「っ…!」

冷たい目つきで一軍をにらむ香苗は、今まで見てきた香苗の中で一番かっこよかった。

「は?うっざ。もう行こ」

一軍の奴らは足早に理科室を出て行った。

「ごめんね、美織!!一発言ってやりたくてさ!あたしガチで美織のこと大好きだからね!?」

「もうっ…びっくりしたじゃん!…でも、かっこよかった」

「へへ、ありがと。お詫びにジュースおごるから許して!」

「許してるって。まあでもジュースはいただこっかな」

私たちも理科室を出て、外廊下の自販機へ向かった。

「何飲みたい?」

「えー…どうしよ」

悩んでいると、私たちがいる方向と反対の外廊下の扉から、3人組の集団がこちらにやってきた。

「あ…!!」

集団の真ん中にいたのは、桜木先輩だった。
理解した瞬間、ぱち、と目が合った。

「っ…!」

「美織?」

何か言われるんじゃないかと思うと怖くて、足が震えた。

「美織、いらないの?」

「か、なえっ…次、昼休みだよねっ…早く、戻ろ…?」

「え、ジュースは?」

「早くしないと、お弁当、食べる時間なくなっちゃうよっ…」

「嘘?まだそんな時間経って―」

香苗が言い終わるよりも先に、私は走り出していた。
口の中にあの苦みが蘇ってきて、吐きそうになった。

「なんでっ…」

好きなのに。好きなはずなのに。
なんで、こうなっちゃったの―