ただいま、私の王子様。




「美織ー、次体育だよ、早く行こ?」

わかってる。でも…

「どうしたの?」

「ないっ…」

「え?」

体操服が、

「持ってきたのにっ…」

朝、ロッカーに入れた。
絶対に入れた。

「かなえ、」

どうしよう。
絶対あったのに。

嫌がらせだ、きっと。
あの人たちに決まってる。

「あっれぇー?美織、そんなとこで何してんのー?」

声をしたほうを見ると、やはり一軍リーダー格の人と、その取り巻きがいた。

「もう授業始まるよ?香苗も、早く行きなよー」

何も言えずに黙り込む。

「…あんたたちでしょ」

聞いたことのない低い声で、香苗は一軍に向かっていった。

「え?何のこと?主語言ってくれないと、わかんなぁい」

「あんたたちだろっ!美織の体操服どっかやったの!!」

「かなえっ―」

「はぁ?なんでウチらのせいになんの?知らないし。だいたい、蛙化したそいつが悪いんじゃん。行こ!」

取り巻きもリーダーに習うように、私たちをひと睨みしてから、その場を立ち去って行った。

「一緒に探そっか。」

「え、でも香苗まで評価ひかれちゃうよ」

「そんなの、気にしないよ。ずっと美織のそばにいるって指切りしたでしょ?」

「でもっ―」

香苗は私の口を人差し指でふさいだ。

「いいから探すよ。先生には言っとくから。」

「…ありがと」

じわりとまた涙がにじんできた。

「もーっ、すぐ泣かないのー!」

わしゃわしゃと乱暴に香苗が私の頭をかき回す。

「…ひっどい顔」

「なにそれー!!」

香苗がいつも通りすぎて、ついつい私も嫌だったことを忘れる。
本当にありがたくって、嬉しかった。


でも、そういうのはずっと続くもんじゃない。


「美織、これ…」

体操服は、空き教室の掃除用具入れの奥の、汚いバケツの中に、水に浸された状態で見つかった。

それだけじゃない。
3年の桜木ファンクラブ全員の怒りの矛先が、ついに私をとらえた。

「みーおりっ。理科室、行こ?」

「あ、うん」

香苗と談笑しながら、理科室へと続く外廊下を通っていた時。
外廊下にある自販機の陰から、急に人が飛び出してきた。

ドンッ。

「いっ…」

よけたはずなのに、その人は私にぶつかってきた。

「ってーなぁ。お前邪魔なんだよ」

その人は口元を少し上げて、面白そうに去っていった。
…多分、桜木ファンクラブの人。

「え、何あの人。めっちゃ当たり屋じゃん」

「うん…」

ファンクラブの人たちまで敵になった、ということは、全校の女子生徒の8割が敵になったということ。
うちの学校の女子生徒は確か180人。
だから、1対、144。

無理だ。敵が多すぎる…

「美織?顔色悪いよ、大丈夫?保健室行く?」

「え?」

顔に出てしまっていたのか、香苗が心配そうに私を見る。
気、使わせちゃったな。

「ううん、大丈夫。ごめんね」

「そう?何かあったらいつでも言ってね」

「うん。ありがと」

香苗が隣にいてくれるだけで、ほっとする。
本当に、香苗が友達でいてくれてよかった…