家に帰るまでの道中、美織は一言も言葉を発することはなかった。
もちろん、あたしもむやみに話しかけたり詮索したりはしなかった。

ただ、何があってもずっと美織のそばにいよう、と心に誓った。

家についても、美織は口を開こうとしない。
まるで石のように表情は硬く、青ざめている。

「座りな?」

あたしがそう促すまで、ぼーっと美織は立っていた。
美織自身も、頭と心の整理がついていないのだろう。

「コーヒーかココア、どっちがいい?」

「ココア…とびっきり、甘いの…」

「ん、わかった。ちょっと待っててね」

温めたココアに、砂糖をたっぷりと入れる。
そして、おまけに生クリームを盛って、上からチョコスプレーをかける。
見た目も華やかで、かつ、めちゃめちゃ甘い、カロリー爆弾ココアの完成。

「できたよー、熱いから気を付けてね」

ことん、とマグカップを目の前に置くと、美織はまた

「ごめん…」

とつぶやいた。

美織はまだ泣いていた。
目から、涙がとめどなくあふれて、美織の頬を濡らしていく。

「謝んなくていいよ」

自分用の紅茶をいれたマグカップを手に持ち、美織の隣へと移動する。
ぎゅっとくっついて、尋ねる。

「…何があったの?言いたくなかったら、言わなくていいよ。言えるようになるまで待ってるから」

美織がココアを飲む。
というより、生クリームをすくって食べた、のほうが正解かもしれない。

紅茶がぬるくなってきたころ、美織はぐっと袖口で目元をぬぐって、ぽつりぽつりと話し始めた。

「…怖かったの…」

静かな部屋に、美織の声が溶けて消える。

「ぎゅってされて、頭、なでられて。俺も好きだよ、って…」

記憶をなぞるように淡々と話す美織は、どこかさみしそうな顔をしていた。

「怖くて後ろ下がろうとしたの。そしたらね、まだ行かないでって。ぎゅってされた」

美織の目にまた涙がたまる。

「好きなはずなのに…っ、嬉しいはずなのに、すごい怖くて、気持ち、悪くてっ…私、ほんとに最低…」

「最低じゃないよ、大丈夫。仕方ないことなんだから、ね?」

「でもっ、…」

美織の涙は止まらない。
やっぱり、あたしは何もできないなと悟った。
ずっと隣にいてあげることしか―。

1つだけ、いい案が浮かんだ。
桜木先輩は本当に優しい人だから、きっと大丈夫。

「ねえ、美織?」

「ん…?」

「あのさ、黙ってたこと、怒るかもしんないけど…うちの兄ちゃん、桜木先輩のお姉ちゃんと仲良くて。だからあたしも桜木先輩とそこそこ仲良くてさ…」

「え、なにそれ!もっと早く知りたかった…」

「ほんとごめん、でさ、あの人本当に優しいじゃん?それは美織もわかるよね。だから蛙化したって伝えたら、きっと待っててくれると思うんだよね…よかったらあたしから伝えとこうか?」

美織はぱっと顔を輝かせた。

「いいの…?助かる。ありがとう…」

「それと、今日、夕飯食べてく?」

「いいの?食べたい!」

「おっけー、お母さんに言っとくね!」

ちょっとは美織の力になれたかな。
さっきよりも顔色はいいし、涙も止まっている。

よかった…

美織が制服の袖でぐいっと涙をぬぐう。
その時、美織が急に叫んだ。

「あ!!待って、香苗!!」

「な!?急に、びっくりした…」

「香苗、彼との約束はっ!?」

「あー…、断った。学校出る前に連絡しといたの。」

気にしないで、と笑ったら、美織はまた泣きそうに目を潤ませていた。

「ごめん、私のせいで…」

「大丈夫だって。香苗のそういうとこがちで好きって来たから」

「え、本当?」

「まじまじ。」

「なら、よかった…。ねえ、本当に伝えてくれるの?」

美織が心配そうに聞く。

「伝えとくよ!安心して」

「みんなに知れ渡ってないといいけど」

「それは…何とも言えないよね。ま、なんか言われてもあたしがついてるからね」

「うん…香苗がいてくれたら、心強い。ありがと!」