私――鴨重紗良とパパはもともとの椅子にかけて、パパの向かいに敬斗くんのお父様、私の向かいに敬斗くんとかけてもらっている。しかも、それぞれにアイス烏龍茶まで出されていて、なんだか長引きそうな予感。
「てことは、わたしの勝ちだね? 和泉くん!」
「いやいや、気が早いよ、鴨重くん!」
「でもさっき下で見ていた限り、雰囲気とってもよかったんだよう、和泉くん」
「クゥー、残念。一緒に見たかったぜ、鴨重くん」
「それはそうと。試合はどうだったんだい、和泉くん」
「それがもう、気もそぞろでよォ。こっちのことばっか気にしてやんのよ。だからこっちが一歩リードかなーってね、鴨重くん」
「わちゃー、それは大変だ。さっきなにか言いかけていた気がしたから、これはもらったと思ったんだよぉ、和泉くん」
「でもほら、最初の約束だと『確定したら』っていう決まりじゃないか、鴨重くん」
「じゃあお試し期間を設けてみないかい、和泉くん!」
「おっ、いいねぇ。それから勝負の結果とするかね、鴨重くん!」
 身を縮めて俯き黙っている私と敬斗くんには構うことなく、しかしパパと敬斗くんのお父様は、こんな調子でなぜか話に花を咲かせまくっている。なに? なんの話してるの? わーんもう意味がわからないよう!
「はいっ!」
 挙手。もうこうなったら訊いてみるしかない。多分立場的にも敬斗くんは発言しにくいだろうから、私が責任をもって訊きにいかなくちゃ。
 右手は小さく挙げて、声はできるだけ張って。すると父親二人の『お話』がピタリと止んだ。
「なっ、なんの話で、なんの集まりなんですか、これっ」
 (はす)向かいの敬斗くんのお父様を見て、隣のパパを見る。いつものように笑んだパパが「ええとね」と答え始めた。
「和泉くん……つまり敬斗くんのお父上とわたしは、小中学生のときからの友達でね」
「そうそう。家も当時から近所だったし、よく遊んだ仲だよなァ」
「うんうん。鴨重家(ウチ)の場所は変わらないけど、和泉くんはもう少し中央区側に住んでたんだよね」
「おうよ、だから学区一緒だったんだよなァ」
「近所のいろんなところとか、お互いの家で遊びまくったし」
「いろんなヤンチャもひととおりやったし」
 顔を見合わせて「ねぇー」とにっこりの父親二人。なんとなくムカ、な私と敬斗くん。
「高校からはそれぞれ違う進路で、近所に住んでてもお互いに会えなくなっていったけど」
「嫁さんたちが、公園でお前たちきっかけで仲良くなって帰ってきたのが、またご縁だったってわけよ」
 また「ねぇー」と見合わせてにっこりする二人。
「なぁ、紗良ちゃん。ウチの敬斗とすんげー遊んでたんだけど、やっぱり覚えてなかったかなァ?」
「覚えてるわけないよ、和泉くん! だって一歳半とかそこらだっただろう!」
「それもそうか、鴨重くん!」
 アッハッハ、の大笑い。
「いっさいはん」
 たまたま重なる、敬斗くんと私の低ぅい一言。
 ていうか。そんな記憶も定着しないような頃に「お互いに会ったことがある」とか言われても。知りませんよ、知るわけないじゃない!
 くぎぃー! ていうかなにそれ、すんごい少女漫画的というか乙女ゲームの定番的設定じゃない?! 美味しいー! なのに全然美味しく味わえない! 絶対にこの状況のせいだ。もーなにこれ、本気で台無しです!
 父親二人が楽しそうにわいわいしているのを横目に、わざわざ大きな咳払いをひとつ。
「そ、れ、で?」
 ようやくアッハッハが止んで、私は口をへの字に曲げたまま父親二人をじろじろ。にっこりの敬斗くんのお父様が、右手を頭の後ろにやって「いやあ」と前置いた。
「実はね紗良ちゃん。ウチのボクシングジム、敬斗が二歳になるちょっと前に、おっちゃんが一念発起して立ち上げたジムなんだけど」
「は、はぁ」
「出資してくれたの、鴨重くんなんだよね」
「そーそー。パパ(わたし)なんだよねぇ」
「えっ」
 正確には濁点のついた「え」が敬斗くんの口からこぼれ落ちる。まぁこの程度ならよくある話だし、私は大人しく続きを待つけれど。
「でね。『どうせボクシングジムやるなら、敬斗くんに強くなってもらうのはどうかな』ってパパ(わたし)が提案したんだよ」
「じゃあ『どうせ強くするなら、いずれ紗良ちゃんのボディーガードくらい務めさしてもいいよなァー』って話を続けたのは、おっちゃんなんだけどね」
「だからあの船上パーティー、わざわざ敬斗くんを外注したの?」
「うん。だって敬斗くん、本当に強くなっちゃうからさぁ。頼もしいなって思ったしィ」
 なぜか満足そうなパパ。
「なにせ、ボクシング地区大会中学高校部門三年連続優勝経験者だからなぁ。鴨重くんの一人娘をお守りするにはそれくらいの看板がねぇとよう」
 鼻高々な、敬斗くんのお父様。
「ハイ」
 挙手の敬斗くん。んんっ、これだけで既に最高。
「で、結局なんでこの集まりなわけ『でございますか』っ。親父たちの同窓会じゃねーだろうが?」
「そ、そうだよ。二人がそんなに仲良いの、どうして教えてくれなかったの?」
「ほうら見てごらん和泉くん! この二人の息のピッタリ具合を!」
「うーむ、これは確かに鴨重くんの言うとおりかもしれんねェ。このまま当人たちに『どっちが先か』訊かなきゃなんねーなぁ!」
「聞いてんのか、親父?!」
「パパ、話逸らさないでっ」
 ピタリと止む雑談。からの、ニッタァリとした二人の含みのある笑みが向けられて。
「いやあ、だからさァ。どうせボディーガードやらすなら、『そういう可能性』も視野に入れといてもオモシレーよねぇ、っていう話になってよォ」
「そういう」
「可能性」
 ゆっくりとなぞり呟いた、敬斗くんと私。
「で、もしいい雰囲気になったとしたら、どっちが先に告白するかを、和泉くんと二人で予測してたっていうか」
「どっちが先に」
「告白するかァー?!」
 キュキュキューっと赤くなる、私と敬斗くん。思わずダンッとテーブルに掌を叩きつけて立ち上がる私。
「なっ、なに考えてンの二人とも! だっだだ大、体っ、娘息子のことなんだと思ってんの?! 私たちにだって、せっせ、選択の意思があるしっ、か、感情だってあるんだからッ!」
 まあ私の場合は既に和泉敬斗を選択済みだったわけですが!
「おっ、俺はともかくっ。親父、コイツに失礼だろーがっ」
 つられたように敬斗くんもガタガタと立ち上がってお父様を向く。けど、ちょっと待って。
「ちょっと、コイツってなによ! ちゃんと名前で呼んでって言ったじゃん!」
「だっ、だから、名前では呼べねーっつってんだろ!」
「あーまたその話ぶり返す?! せっかくさっきちょっと惜しかったのに!」
「あっ、テメっ、『え?』とか言いながら結局しっかり聴いてたのかよ!」
「ほらほら。ケンカもいいけど、話は終わってないからね?」
 仲介に入るパパに食ってかかる私。
「もうっ! 誰のせいでケンカになってると思ってるわけ?!」
「もとはと言えば、親父たちが妙な画策すっからだろーがっ!」
「でも結果的に、ウッキウキで学校の内外構わず護衛してンだろ? 敬斗くんよォ」
 敬斗くんのお父様の「ウッキウキで」に意識が全部持ってかれた私。ぎょっとしてる敬斗くんはさておき、それ、どういうこと?! やっぱり勘違いとか偶然じゃなくて、私にもきっちり桃色チャンス到来してたんじゃない?! イベントフラグきっちり踏めてたってことじゃなーい?!
「うっうう、ウキウキでとかっ、そりゃその、嫌々じゃねーことは、た、確かだけどもっ」
「将来の話とかまでしちゃうくらいには仲良しなんだろう? 二人は」
 片眉を上げたパパにキョトンと訊ねられて、「それはその……」とモニョモニョ言い返す。
「しょ、将来の話くらいっ、するでしょ。こ、高校生だもん」
「それ以前に、紗良は自分で敬斗くんのことをお相手に選んだんじゃあないの?」
「へぇっ?!」
 酷く裏返る私の声。まずい、なんか危ないぞ。パパこれエンジンかかってない?!
「ぱっ、なに言ってんの。お相手なんて私っ」
「だってほら、『結婚するなら歳が近い方がいい』って前にメイドさんたちに漏らしてたみたいだし」
 アアー嘘でしょ、なんでそういうこと今言っちゃうわけ?! ていうかなんでそんなことパパが知ってるのよ!
「ちょっ、ホントやだ! なにバラしてくれてんの?! とんだ公開処刑じゃん!」
 真っ赤になって、体温も上がって、限界突破目前の私。敬斗くんの顔はおろか、和泉親子側を向けるわけもない。
「幸い二人は歳も同じ、学校のクラスも同じ。さっき遠巻きに見てた雰囲気も良さそうだったし、この際試しに付き合ってみてもよさそうじゃない?」
「ってなことを、おっちゃんと鴨重くんで話してたというわけだ」
 反して、落ち着いた声と雰囲気でパパとお父様は言葉を続けた。でも、そんなこと、私個人としては、正直心底飛び付きたい提案ではあるけれども。
 そんなこと、していいはずもなくて。
「どうかな、紗良ちゃん」
「えっ、あの、だからその、私」
「敬斗くんはどう? 『手を繋ぐ』とか『手の甲に唇を落とす』くらいなら許してあげるよ」
「あのっ、だからその、俺っ」
 互いの親にぐぐいと詰め寄られ、諸々が大ピンチの私と敬斗くん。あーもう! いろいろめちゃくちゃなんですけど!