準決勝戦を終えてすぐの俺――和泉敬斗は、「決勝戦までやってしまおうぜ」とリングの中から相手をわざと挑発した。
「ぬゎっ、何ぬかしてやがる敬斗ォ!」
 これで親父をまたもや激昂(げっこう)させてしまうことになったが、対戦相手が(イキ)な人物で助かった。ゼエゼエいっている俺の望みをすんなりと呑んで、「ふぅん」と顎をしゃくってくれた。
「いいぜぇ、和泉敬斗。その話、のってやる」
 リングロープをくぐって、対戦相手がスルリと入ってくる。
「お前、時間無いんだっけ? だったらいっそのことワンラウンドでチャッチャと決めてやってもいいけど?」
「ぬゎにを勝手な! おいゴラ敬斗ォ! マジで許さねぇテメー!」
 リング外から親父がそうやってボカスカキレ散らかしている。だが悪いな、親父。マジで時間がねーんだよ。
 なんとか他の生徒さんになだめられて押されられている親父を横目に、俺はニチャアと黒く笑んだ。
「ははっ、一発勝負上等ッ」
 とは言えしかし、息は()()えの満身創痍(まんしんそうい)。左前腕も()れてきているし、マジでさっさと決めないとマズい。
 その一方で、対戦相手は二試合分の休憩が出来ているから呼吸も集中も整っている。傷にワセリンを塗れたようだし、気合いも申し分ない。
 どうしたって、俺に勝ち目がなさそうだろう? 要するに、ボクサーの俺とSPの俺のどっちもが『勝ち目の無い状況』っていう危機一髪ラスボスバトルなわけだ。
 だから俺はゴングと共に体勢を低くとって、相手の速すぎる拳を左に避けて、それから――。