「一人でなんてムリ、イヤ!」
 ぎゅんと眉間を寄せて、口をへの字に曲げて、父を睨む私。だって、高校から帰ってきてすぐの私へ「一人で出席してきてくれないか」なぁんて言うんだもん!
「埋め合わせは必ずするから。お願いだよ、紗良(さら)。あと二時間しかないし」
「会議と打ち合わせが入っちゃったのは仕方ないってわかるけど、どうして他の食事会の方を優先するの?」
「パパが行く他ないような食事会なんだよ。今日のパーティーはほら、『ご家族どなたかでも可』って言われてた会だったから、誰か一人でいいらしいから」
「ママは?」
「ママはオープン記念式典が長引いてるらしいから、間に合わないんだ」
「ええー? もーっ、ゆっくり映画観ようと思ってたのに」
「ごめんよぉ、紗良」
 わかってるよ、わかってる。わかるけど。たかだか高校生ぽっちの私一人が行ったところで、と思っちゃうんだよ、パパ。
「紗良なら、上手く出来るよ。立っているだけでこんなにかわいいし素敵なんだから。主催の方もご満足くださるさ」
 パーティーって名前のこういう営業、昔から意味があるのか不明だけど、大人の世界はわからない。でも私は一人娘だし、父のためならと腹を(くく)るしかなさそう。
 しょうがないなぁ、とそっぽを向いたところで、でも父は「それに」と意味ありげに笑んだ。
「ちゃんと護衛(SP)も用意したから大丈夫だよ」
「え? 護衛(SP)?」


        ♡   ◇


 私――鴨重紗良(かもしげさら)の実家は、鴨重グループという大きな会社。なんでも、江戸時代中期に営んでいた宿屋が起源で、ご先祖代々社長として、企業を大きくしていったみたい。

「お嬢様、こちらはいかがでしょう」
「ありがとう。でもドレスがビビッドピンクだから、耳はエメラルドがいいと思う」
「かしこまりました」

 私は、産まれたときから『令嬢』だなんて呼ばれている一人娘。イトコはたくさん居るけれど、直系は私だけ。だから無意識のうちに自分が後目を継ぐことを考えて生きてきた。そんなこともあって、社長である父にはなんとなぁく逆らえないでいる。
 とはいえ父も母も優しいし、なにも不自由はない。だけど、たまに令嬢の肩書きが鬱陶しく思うこともあるの。一般家庭の一七歳の女の子だったら……っていうのが、誰にも言えない私の『無い物ねだり』という名の妄想のタネ。

「ピンや装飾品で痛いところはございませんか?」
「うん、平気。幼く見えないかな、大丈夫?」
「ええ、とても素敵ですよ、お嬢様」

 社長()から頼まれたのは、豪華客船で行われる祝賀パーティーへの出席。もともとは夫人()と二人で出席する予定だったみたいだけど、突然令嬢(一人娘)だけの出席に変更になってしまった。私だけでも大丈夫ってことだから、遠慮なく私だけで行くけれど。
 大体、祝賀パーティーだなんて慣れっこだもの。習いものと似たような感覚。『外面』だってきちんと(しつ)けられていて、不備は一切ない。これだけは自信あるの。

「ねぇ、ホントに私が行かなきゃダメぇ?」
 ドレスの背中の留め具(ホック)を付けてくれているメイドさんに、ダメもとで訊いてみる私。
「社長から仰せつかった会合だとお聞きしております。ご多忙な社長や奥様の代役は、お嬢様にしか務まりません」
 メイドさんの声色は優しいけど、言ってることは大人で厳しいな。
「じゃあ、パパの言ってたSPって誰かわかる? パパかママのSPの人?」
 化粧品をしまっている向こうのメイドさんにも聞こえるように、大きめに疑問を投げる。
「いえ。それはございません。皆さま、社長と奥様に着いていかれましたから」
「ええ? じゃあ私に着いてくれるSPってもしかして、日雇いの外注なの?!」
 声を裏返してしまったけど、外から呼んだ護衛ほど不安すぎるものはない。個人的にはね。
「そのようでございますね」
「詳しくは存じ上げておりませんが、社長のお見立てとのことでしたよ」
「社長の、見立て」
 父が安心して私のことを任せられるとした人ってこと? まったく。なんでSPをサプライズにするのよ!
 考えが読めたのか、化粧品を片付け終えたメイドさんはクスと笑んで、もうひとつ教えてくれる。
「先程お着きになって、本邸にてお召し替えをなさっているところだとも耳にはしましたが」
「ひ、一人?」
「ええ、お一人のようでした」
「やだぁ、外注の人とマンツーマンとか本当ムリ!」
 ぶんぶん、と首を振ると、背中を留めてくれていたメイドさんの手が、私のスタイリング済みの髪めがけて伸びてきた。
「お嬢様、お(ぐし)が崩れますよ」
「ハードのスプレーでも振っといてっ」
「今日の今回だけだそうですから、まぁそう言わずに」
「どこの誰かもわかんない日雇いSPなんて、今回限りで充分よ!」
「お嬢様、お履き物はいかがいたしましょう」
 化粧品を片付け終わったメイドさんが、いつの間にかいくつか靴を出してくれていた。あぁ、さっそく目移りしちゃう。
 この高いヒールの方が大人びててスタイリッシュだけど、これから行くのは船上パーティーだし、揺れたら危ないかもしんない。これはお気に入りだけど、色が合わないかな。爪先開き(オープントウ)はマナー違反だから今回は使えない。うーん、どうしよう。
「ドレスに併せてこちらにいたしますか?」
「エナメルかぁ。なんか安そうに見えない?」
「ではこちらはいかがでしょう」
 箱に入っていたそれは、真新しい一組。白地に赤やらピンクの煌びやかなストーンとスパンコールで飾ってある。ヒールもびっくりするほど高くはない七センチのものだし、ベストマッチかもしれない。
「わあ、めっちゃいい! こんなのあったっけ」
「先日奥様がご用意なさっておりました。いつかの機会にと」
「あ、しかもこれ『OliccoDEoliccO(オリッコデオリッコ)』じゃない?」
「そのようですね。あら、春モデルだそうですよ。こちらに説明書きがございました」
 世界でもそれなりに有名なトータルファッションブランド『OliccoDEoliccO』。スーツにドレスに小物まで、なんでも揃う。いつか着たかったブランドだったから、これは嬉しい!
「決めた、これにする。ピンクゴールドのアンクレットもしていくから、準備お願い」
 靴が決まったらウキウキしてきちゃった。なんて単純な私。でも仕方がないよね、かわいい靴は気分上がるもん!
 SPのことは、それでもやっぱり緊張するし気がかりだけれどね。