「んー、あ、あれだね。ボクわかっちゃった」
じっと紙を見ていた柚珠が明るい調子で言う。
「あれとはなんだ!」
目をせわしなく動かしていた常磐がもう一歩柚珠に迫る。
柚珠は一歩距離を置き、得意げに話し始めた。
「えっとねぇー」
「しらん!」
「まだ何も言ってないし! 大人しく話を聞いてよ筋肉達磨!」
文書の解読は柚珠達に任せて、私は先輩の側に寄る。
寄っただけで、先輩とマシロ君にかける言葉が見つからない。
……………。
……………………。
あー………。
何も考えられない。
どうすることもできない、私は無力だ。
濃い血の匂いが、真っ白な頭の中を染め上げる。
「………ぁ」
かすかな命を諦めまいと、ヨモギ君が声を上げる。
彼の手を小さな手が握り込み、えんえんと泣く。
その上に、先輩の手が重なる。
平静を装うそれは震えていた。
私は頭を振って、空っぽな脳みそを動かす。
ヨモギ君を助けないと。
嫌がらせばかりしてくる試験官に負けるなんて嫌。
どうにかしないと。
何をしたらいい。
まだ生きている、まだ助けられるから。
泣く以外のこと、少しでも救命に繋がる道は。
「…………あ」
ふと。
つい最近の、似たような風景を思い出した。
なんで今まで忘れていたんだろう。
神水流邸で、人や鬼が大勢生き返ったあれ。
スクナヒコナに頼めば。
「だめ」
ツクヨミノミコトが私の目の前に浮かび上がり、感情の見えないガラス玉の瞳を向けてくる。
「スクナヒコナは、蘇生に大きな力を使ったばかり。ほかの用途ならまだしも、瀕死の回復のために呼ぶべきは今じゃあない」
人知を越える力だ。
いくら神とはいえ、ノーリスクではないのだろうけど、理解ができない。
「瀕死だから、お願いするんじゃないの! 今呼ばないで、いつ呼ぶんですか! どうしろっていうの!?」
感情のまま、ツクヨミノミコトに苛立ちをぶつける。
自分に解決する力がないのに騒ぎ立てるのは、理にかなっていないとわかってる。
でも、感情が抑えきれない。
無意味に責め立てようと口がひらきかけたところで。
「ねえ」
それまでどこかに行っていた響がぬっと、先輩の正面に立っていた。
長い前髪の隙間からメガネが怪しく光り、表情が見えない。
先輩は響を睨みつけ、低い声で唸る。
「なんだ」
「………来て」
有無を言わさぬ声だった。
「…………」
「…………」
しばらく無言での睨み合いが続いたが、やがて先輩はヨモギ君を横抱きにして立ち上がる。
目で何を話したのか。
その目は、希望を見つけたように光が灯る。
響の先導で、2階の彼の部屋に行く。
中央に鎮座するのは、人ひとり入れる大きさの瓶に、なみなみ入った赤味がかった液体。
「………回復液。そのこを、これに入れて」
ヨモギ君を抱きしめる腕が強くなる。
まだ治験の段階で、どこまで効果があるのか。
副作用は?
「……………信用していいんだな」
たっぷりと間を開けて聞いた先輩の頭の中では、諸々の計算がかけ巡っていたことだろう。
「……僕の家が、あやかし相手に何をしてたか、知ってるでしょ。それに、あのひとのこどもなら尚更、死なせない」
「効果はボクと、筋肉達磨も体感してる。おかしなところはないよ」
「ああ!」
いつの間にかついてきていた柚珠と常磐が援護する。
「…………頼む」
響の決意のこもった目にかけることにした先輩は、血まみれのヨモギ君を、液体に入れた。


