まじないの召喚師3











「ご馳走様でした。美味しかったです」



本日3回目のイカネさんお手製メニューを平らげた私は、食器を流しに持って行こうと立ち上がる。



「月海さん、すみません」



「……どうしましたか?」



神妙な面持ちでイカネさんが言うので、私は食器を置いて向き直った。

お蕎麦のつゆが波打つ。



「わたくしたちは、明日から数日の間、月海さんの元を離れます。呼び出しに応じることも難しいでしょう」



オオクニヌシが寝転んで、スクナヒコナとともに酒をあおり、アメノウズメが真剣に観るテレビには、キラキラのアイドルが変わる変わる歌と踊りを披露する。



「………ああ、初詣」



私は納得して頷いた。


もうそんな時期になるか。


臨時休校が続き、長期休みになって長いので、日付なんて、気にしてもいなかった。



「わたくしとしては、月海さん以上に優先すべきものはなく、部下に任せても良いかと思ったのですが」



「いや、そこは帰ってあげてください」



人の願いが多く集まる、神たるイカネさんたちの、一年で一番忙しい時。

私がみんなの神様を独占するわけにいかない。



「お力になれず申し訳ございません」



「こちらこそ、召喚しっぱなしでごめんね」



顔も知らない部下達に心の中でエール送る。


初めの頃のイカネさんは、昼は神界、夜は下界にいた。

試験のために合わせてくれているが、本来なら今も帰っていない分のお仕事が溜まっていることだろう。



「とっとと帰れ。二度と来なくていいよ」



ヤジを飛ばすツクヨミノミコトを無視して、深々と頭を下げるイカネさんを起こそうと、肩に触れた。



「幸い、ツクヨミノミコトとスサノオノミコトは月海さんの元を離れられません。存分に、こき使いなさいませ」



「うん、そうするね」



「前からだけどさー。ふたりして私の扱い、ひどいよね。私はこんなにも月海に尽くしているというのに」



「………尽くすとは?」



「スサノオくん、さっきからうるさいよ」



私からは、こき使う。

ツクヨミノミコトからは、尽くす。


行き着く先は同じ意味合いの言葉かな。



テレビから流れる除夜の鐘が、年の終わりを知らせる。

シンデレラの魔法の解ける鐘の音のようだと思い始めた頃。



「それでは、良いお年をお迎えください」



「みなさんも、来年も、よろしくお願いします」



最後の鐘の音が鳴り終わると、4柱の神様はパッと消えた。

彼女達のいた場所をぼんやりと眺めていると、右肩が重くなる。



「なーに? 寂しいの?」



右頬をインターホンを連打するがごとくつつかれる。



「私がいるんだから、寂しいとかないよね。むしろオモイカネとか、邪魔者がいなくなってせいせいするよね」



「……………」



つんつんつんつんつんつんつんつんつんつんつんつん。



「……………」



「ねーねー、そーだよねー」



つんつんつんつんつんつんつんつんつつつつつつつつ。



「……………」



うっとおしい。

イカネさんたちがいなくなって、たがが外れたのか。

うっとおしさが倍増している。


ほうっておけば、そのうち飽きるだろうと、着座し、手近にあった参考書を開く。



「無視? 無視はよくないんだよー」



「……………」



ツクヨミノミコトはやがて、つんつんに飽きたのか、こねこねしだした。



おやめなさい、右側だけ腫れてしまう。



「………ツクヨミ、その辺にしておけ」



「えぇー?」



スサノオノミコトの言葉に、ツクヨミノミコトによる頬マッサージが止まる。

代わりにツクヨミノミコトの足踏み肩たたきが始まった。


規則的に揺れる美しい髪が頬をはたく。



「スサノオだって同じ気持ちだろう?」



「………なんのことか」



「だってさ、月海はいつもオモイカネを優先するんだ。だからオモイカネの居ない今しかないんだよ」



「………だからといって、主君を困らせていい理由はない」



「聞き分けのいい子を演じて、どうなるって言うんだい?」



ツクヨミノミコトの訴えは、構ってもらえず拗ねる、子どもの癇癪のようだ。

だが、一理ある。


彼らにも感情があるのだ。

頼めば力を貸してくれるからと、都合の良い時だけ利用するなんて嫌だと、イカネさん相手にいつも思っているじゃあないか。

相手が違うからと態度を変えるのは褒められたことじゃない。

常にそばに居ると、居るのが当然になって、有り難みがなくなってくるものだ。


自制せよ、自分。

私が、ツクヨミノミコトにこういう態度をとらせているのだ。


慕ってくれている彼らが、いつ牙を向けてくるか。

向けられたそれに、私はなす術もなく噛み砕かれるのだ。

飼い慣らすつもりはない。

けれど、尊重しろ。

私だって、愛情を求めて付き纏ったことがあるでしょう。


………離れるばかりで、叶わなかったけど。

だから、それをされることの悲しみは知っている。



「………………ごめんね、ツクヨミさん。私が悪かった」



私は左手を回し、肩に乗るツクヨミノミコトの頭を優しく撫でた。

さらさらの銀糸を指ですかす。



「もうっ、わかればいいんだよ。罰として、今度はオモイカネを無視してよね」



「それは無理」



「むっ。不公平だよ」



そう言われましても、イカネさんを雑に扱うなんて、そんなまねできるわけないので。



魚心あれば水心ありといえど、なぜ慕ってくれているツクヨミノミコトを蔑ろにできるのか。

少し考えて、思い至る。

たぶん、イカネさんとツクヨミノミコトが犬猿の仲だからなんだろうな。

ツクヨミさんもイカネさんのことを好きになってくれたら、まるくおさまるのに。

イカネさんを無視すると言う、ツクヨミノミコトの提案を受けるわけにはいかない私は、どうしたものかと無い頭で考えを巡らせる。

テレビの向こうが、ハッピーニューイヤーと盛大に拍手と楽器、その他歓声を鳴らす。