次に目を覚ました時は、薄ぼんやりとした空からふるいにかけたような粉雪が降っていた。
「……………寒っ」
私は布団から出て、手早く着替える。
両腕を摩りながら部屋を出て、一階のリビングに入ると、そこにおわした天女が微笑む。
「おはようございます。月海さん。ご飯できてますよ」
暖かな部屋に、甘い香り。
イカネさんの手には、大きな皿に、パンケーキが3段ほど積まれ、はちみつまでかけられている。
生クリームやアイスクリームも乗った、豪華仕様だ。
贅沢な朝食と天女の給仕。
楽園はここにあった。
席に着くと、目の前のテーブルに豪華パンケーキが置かれる。
「いただきます」
フォークとナイフを突きいれ、トッピングのたっぷりかかったふわふわパンケーキを口いっぱいに頬張る。
「んんーっっ! ひあわへ………」
口の中が一瞬で楽園へと変わる。
落ちそうな頬に手を添える。
噛むたびに口から溢れる幸せは、全身へと広がり、溶かしにかかってくる。
「うふふっ、光栄ですわ」
「月海、騙されないで。いい人ぶって、人を思いどおりに操るのがオモイカネのやり口だよ」
ツクヨミノミコトがぺたんこのパンケーキをワイルドにかじり、フォークを向けてくる。
「ふふっ、人形の言葉はお気になさらず」
「ごめんね、私、イカネさんほどツクヨミさんに信用がないの」
「雛鳥の刷り込みじゃん! 私が先に出会っていればっ!」
「………ないだろう?」
「スサノオ君、きみ、オモイカネの味方するの?」
「………事実。己を見つめ直せよ」
スサノオノミコトの手には、ぺたんこのパンケーキを重ねたどら焼きがあった。
「スサノオくん、餌付けされてんじゃないよ」
「………お前も食べているだろう」
「次は私の手料理を振る舞うから、私に味方しなさい」
「断る。………おまえのは食べ物ではない」
「スサノオくんまで、オモイカネの見方をするんだね」
「………それとこれとは話が違う」
「オモイカネのくせに、オモイカネのくせに………!」
ツクヨミノミコトはやけくそのようにパンケーキを噛みちぎる。
咀嚼して飲み下し、また次を悔しそうに顔を歪めて噛みちぎった。
美味しいんだね。
認めたくないんだね。
「喜んでもらえてなによりですわ。いつも火宮が作っているでしょう。胃袋を掴まれてしまったのではないかと………」
イカネさんの微笑みに陰が落ちた。
いつもの微笑みを見せてほしくて、勢いに任せて彼女の手を両手で包み込む。
「イカネさんの手作りってだけで、私にとってはご褒美ですから!」
目を丸くするイカネさんに畳み掛ける。
「先輩は確かに、料理上手かもしれません。ですがイカネさんの作ってくれたこれは、先輩より美味しいし、なにより愛がある!」
「代わりに、私とスサノオは失敗作を食べさせられてるんだよ。この、焦げと粉っぽいのともさもさでぺたんこの山が見えるかい?」
「もうっ、月海さんったら。うふふ」
「イカネさんが作ってくれた事実だけで、私にとっては特別で格別で、なんでも美味しく感じるんですよ」
「無視してくれる月海には、このオモイカネの作った失敗作をあげよう。私にとっては不味いものだが、月海にとっては美味しいんだろう?」
「…………うふふふ」
「むぐぐぐー!」
オモイカネは照れたように頬を染め、誤魔化すようにノールックで、潰れたパンケーキをツクヨミノミコトの顔面にパイ投げのごとく押し当てた。
「ぼへっ、ぺっ。生焼けで中身ドロドロじゃん。ベタベタする」
「………腹に入れば同じだろう」
「バカ舌スサノオくんは黙ってて」
「………これでも味には五月蝿い」
「説得力ないんだよ。…………でも、そうだねぇ」
視界の端で、ツクヨミさんはニヒルに笑い、ぺたんこのパンケーキに、大量のケーキシロップをかけた。
「これでも食らえ!」
大量のケーキシロップの乗ったパンケーキは、イカネさんの後頭部を狙う。
次の瞬間、体格差で有利を取るイカネさんが、ツクヨミノミコトの人形ボディを掴み、シロップ大量パンケーキに押し付けた。
「食べ物で遊んではいけませんよ」
「ふがあぁっ!」
断末魔とともに、ツクヨミノミコトはパンケーキのトッピングとなり、皿の上に墜落した。


