昼を過ぎたが、同盟者たちは帰ってこない。
飛行機を見送るように、肉眼では見えない距離に飛んでいったのだ。
ツクヨミノミコトのような、長距離転移の能力をもたない人間には物理的にきびしいものがある。
もしかしたら、今日は帰ってこないかもしれないな。
ということで。
「ツクヨミさん、スサノオさん、お昼ご飯できましたよ」
いつ帰るともわからぬ同盟者は待たず、私はちゃぶ台の上に3人分のご飯を用意した。
「………月海、これはなんだい?」
ツクヨミノミコトは、私の用意したそれを見て、心底わからないと言った顔をする。
なぜそんな顔をされるのかわからない。
「ご飯ですよ」
「それはわかる」
「じゃあ何故聞いた」
「そうだけどそうじゃなくて! これ、ただの白ごはん!」
ツクヨミノミコトがビシィッと指さしたのは、中央に鎮座した炊飯器。
どうやら、メニューに対する文句を言いたいらしい。
「先輩はこんなことしないよ! いつもたくさんの美味しいおかずを並べてくれる!」
「仕方ないでしょう。その、いつも料理作ってくれる先輩がいないんですもん」
料理係の先輩を吹っ飛ばしたのはツクヨミさんです。
そんなあなたにだけは、文句は言われたくないな。
「だからってこれ………」
「はいはい。文句は最後まで並べ終えてからにしてもらえますか」
未だ不満そうなツクヨミノミコトの前に、私はキッチンにあったおかずたりえるものを並べる。
「味付けのり、焼きのり、マシュマロ、漬け物、梅干し、などなど。いろいろ用意したから好きな具を選んでね」
私にしては考えたでしょ。
と、ドヤ顔を披露する。
「自分でつくるのかい?」
「酢飯が許されて、白米が許されないなんてことありますか?」
「手巻き寿司のことを言ってるなら、手巻き寿司に失礼だよ。ひとつひとつの具に対する手間が違う」
「だったらおにぎりだってほとんど変わらないんだから条件は同じ。おにぎりに失礼だとは思いませんか」
「酢飯作ってから言いなよ」
「お酢はお好みでどうぞ」
調味料セットをツクヨミノミコトの前に叩きつける。
ソースや七味、コンソメだってありますよ。
「お好きな味をどうぞ」
「月海、君ってほんと、かわいくない……」
「あいにく、生まれてこのかた、かわいいなんて言われたことがないもので」
「自慢かなー?」
「面白くない自虐ですー。言わせないでくださいー」
心に小さくはないダメージを負いつつ、ツクヨミノミコトと軽口をたたいていると。
「………塩でいただこう」
スサノオノミコトは、焼き海苔の上に塩をまぶし、ご飯を広げ、巻いて食べた。
私とツクヨミノミコトの言い合いは、虫の羽音ほども気にならないらしい。
「スサノオ、もっと抵抗しようよ」
「……神前に供えられるものは、米だ」
「はいはい、炊いてあるだけいいってね」
淡々としたスサノオノミコトの返事に、ツクヨミノミコトも毒気が抜かれたらしい。
おとなしく、味付けのりにご飯とのりの佃煮を乗せて巻いた。
私も、味付けのりをマシュマロに巻き付けて食べた。
手順が手巻き寿司具なし。
原因は私なので何も言うまいが。
うーむ、先輩の味には遠く及ばない。
私はそっと、湯を入れただけのインスタントの味噌汁をスサノオノミコトの前に置いて、手を合わせた。
文句ひとつ言わずに食べてくれてありがとう。
「………感謝する」
「ちょっと、スサノオにだけずるくない?」
そして、いつも個々の希望に合わせて用意してくれる先輩、有難う。
「月海、私にも味噌汁をだす栄誉を与えよう」
「…………はぁ」
まったくツクヨミさんはなぜもこう、偉そうなのか。
私は隠すこともせず盛大にため息をついて、お椀にかやくと味噌を開封せずに乗せて出した。
「お湯は?」
「ご自分でどうぞ」
「贔屓だよ。月海がそんなひとだなんて………よよよ………」
顔を覆うように被せた手の隙間から、時折ちらちらとこちらを盗み見、肩を丸めて規則的に震わせる。
あまりにも下手くそな泣き真似は、冗談の証拠。
だとしても、多少は動揺しなくもない。
「………もぐ」
スサノオノミコトは何事もなかったかのように黙々と食べ進める。
「おい、ちょっと。スサノオくん食べ過ぎ」
「………もぐ。自由に食べて、よいのだろう」
「限度ってもんがあるでしょ。私がまだ食べてないの、見てたよね?」
「……もぐ。………知らんな」
「もうっ! 月海! こいつに食い尽くされる前に食べるよ!」
炊飯器から、両手で包んでも溢れるくらいの量のご飯が浮かび上がり、きれいな三角が6つ作られる。
5つはツクヨミノミコトの周りに、ひとつは私の前に移動した。
「ほら、とっとと食べなよ。きみが用意したご飯なんだ。食べないとは言わせないよ!」
「………ありがとう」
私は、味付けのりを両手に、浮いたおにぎりを包み込んだ。
先端部分に歯を立て………。
「……………歯が、たたない」
とんだ岩石おにぎりだ。
圧縮しやがりましたね。
「スサノオくん。仲直りのしるしに、私の握ったおにぎりをあげよう」
ツクヨミノミコトも歯が立たなかったらしい。
満面の笑顔でスサノオノミコトの前に、焼きのりから味噌のはみ出るおにぎりを浮遊させる。
それ、仲直りではなく、嫌がらせというか、失敗作の残飯処理というか。
「………どうも」
スサノオノミコトはおとなしく受け取り、バリバリと噛み砕いた。
「強………」
でも、棄てるよりいい。
スサノオノミコトの周りに、他の味付けの岩石おにぎりが移動する。
ツクヨミノミコトは全てのおにぎりを押し付けるようだ。
「スサノオさん、私のもどうぞ」
「ああ………!」
私の差し出したおにぎりを受け取った瞬間、ぶん投げられたそれは、窓を突き破り、鈍い音をたてて飛んでいった。
「……………え?」
浮遊する岩石おにぎりは、竜巻のように回転するスサノオノミコトに蹴られて次々と窓を破って飛び出す。
小さな損傷の窓はすぐに塞がった。
「ごめんなさい、カチカチの美味しくないおにぎりは嫌でしたよね」
食べられないものを押し付けるのは、よくなかった。
はじめのひとつも無理して食べてたのかもしれない。
付き合いの長いツクヨミさんのは食べられても、私の口つけた後はいらないよね。
歯が立たなかったとは言え、食べさしは食べさしだもの。
頭を下げると、スサノオノミコトが首を振った気配がした。
「………そうではなく。…………殺気を感じた」
たしかに、あの硬さは武器になるけども。
「今の、先輩たちだったねぇ。もう帰ってきたんだ。流石」
ツクヨミノミコトは感心したように外を見て、おにぎり作りを再開していた。
「えっと、つまり?」
「あのおにぎりは、先輩達のお昼ご飯になるってわけさ」
食材の逆襲ってこういうことか、なんて、思考が明後日の方向を見てしまった。
「保存食のように、お湯をかければ食べられるはずだよ」
ああ、だから、味噌やらコンソメやらカレー粉やらが塗りたくられていたのね。
保存食のように、てはなく、保存食をつくっていたのね。
「おい戦犯。まさかわかっててやったんじゃないでしょうね?」
でないと、お湯をかけて食べるお手軽インスタント食品なんて作らない。
わざと岩石おにぎりを渡し、私の反応を楽しんでいたのね。
「たまたまだって。疑わないでよ」
「疑う要素しかないんですよ」
「………諦めろ。ツクヨミはこういうやつだ」
スサノオノミコトは、味噌汁を啜る。
ジャグリングのように宙を舞うおにぎりが衝突し、軽快な音を立てた。
「………ひゅーひゅー」
ツクヨミノミコトはとてもわざとらしいへたくそな口笛を吹きながら、スサノオノミコトの前におにぎりを浮かせた。
正面のそれをとったスサノオノミコトは、ガリゴリと、食品とは思えない音を立てて噛み砕く。
さっきも見ましたよそのやりとり。
わざとではなく、本当に力加減がわからないのかも。
本気で、そのまま食べられるおにぎりを作っていたのかもしれない。
結果は凶器の岩石だけど。
スサノオさんもスサノオさんで、腹に入れば一緒ですか。
これでは、お米もご飯も変わらない。
具材を用意した私が言うのも烏滸がましいですが、ひとこと。
こんなの、ご飯じゃありません。
私は深いため息をついて、残ったごはんで不格好ながらも食べられるおにぎりを作り、スサノオノミコトにお供えしてから、人数分のお茶を用意するべく席を立った。


