「またあいつの為かよ」
「もちろん。イカネさんの為なら命だってかけられるわ」
『おやめください』
耳元に直接聞こえた、鈴を転がすような美しい声。
「イカネさん」
呼ぶと、誰もいなかったはずの隣に金髪碧眼の美女が現れた。
私の契約している式神である。
彼女はひれを絡ませた天女の衣をはためかせ、大輪の花のように微笑む。
「命をかけるのはおやめなさい」
笑顔の圧が強い。
「いや、言葉のあやっていうか、本当に危なかったら逃げるから………」
「そうでしょうか?」
「信用してよ。命大事」
「以前、コノハナサクヤヒメの生まれ変わりに殺されかけた際、わたくしを呼びませんでしたよね」
「それは………」
コノハナサクヤヒメの生まれ変わりは、私の実の妹である天原咲耶。
そんな彼女が火宮一族に紹介された際、実力を披露するために手合わせを願われたのだ。
要は、地位確立のための生贄といったところでしょう。
拒否権はなく立たされた私は、咲耶の操る蔦に腹を串刺しにされたが。
「あの時はスサノオさんに助けてもらえたし、結果オーライですよ」
「二度はない幸運でした。次もうまくいくと思いませんよう」
「はい……」
美人の怒った顔は凡人の数倍恐ろしい。
私は小さくなって頷くしかなかった。
「オモイカネ。ツキを司る私がついている以上、二度も三度も起きる幸運だ。簡単には傷ひとつつかないよ」
縮こまったはずの私の体を、私の意思と反して動かす者がいる。
道化のようにわざとらしく両手を広げ、胸に手を当て、ニヤリと微笑む。
その様子を見たイカネさんは、呆れたようなため息をついた。
「ツクヨミノミコト…………あなたがいれば、多少はましでしょうね。ええ」
「死にたくないもん。命は保証するさ」
私の口から出た言葉だが、私の意思ではない。
咲耶がコノハナサクヤヒメの生まれ変わりであったように、私もスサノオノミコトとツクヨミノミコトの生まれ変わりだったのだ。
本来なら生まれ変わりとは、神界での記憶を無くして能力だけが使える状態のようだが、私の場合、ふたりと意思疎通ができて、時には私を差し置いて表にも出てくることがある。
簡単に説明すると、私、天原月海の体をスサノオノミコトとツクヨミノミコトと私の3人で共有しているのだ。
三重人格ってやつだね。
一般人の私にとって、今まで無縁だった戦いの時は便利だと思うけど、それ以外の時はやめてほしい。
スサノオノミコトは力だけ貸してくれる無口で無害なひとだが、ツクヨミノミコトはなんでもない時に出てきては私にとって不利益をもたらす。


