時は、数時間前に遡る。

火宮の屋敷で夕ご飯を食べ終わろうという時、火宮当主が私と先輩の方を見て口を開いた。



「お前達、今日限りでここを出て行け」



「……はい?」



このおじさんは、いきなり何を言うのかと。

箸を持ち上げたまま固まっていると、理解が悪いとため息をついてから、補足説明してくれた。



「天原の家の修理が終わったのだよ。天原夫妻と咲耶さんは引き続きここで暮らすが、いくら咲耶さんの姉とはいえ、君の面倒を見る筋合いもないのだ。ちょうどいいから、桜陰もそこに行くといい。ふたりは気が合うのだろう?」



火宮当主と同じ卓につく妹の咲耶と先輩の弟の陽橘が、嫌な笑みを浮かべている。

彼らが、私と先輩を追い出すように、火宮当主に進言したのだろう。

それについては不足はない。

むしろ感謝したいところだ。



「わかりました。荷物をまとめ次第、すぐに出発します」



つとめて平静に、先輩が当主に頭を下げた。

私も真似して頭を下げる。

下げた頭の下、先輩が口角を上げたのを私は見逃さなかった。


こちらとしても、ヨモギ君とマシロ君をどう隠すか頭を悩ませていた。

所有権争いをして、仮面の男に連れて行かれたはずのマシロ君がここに居るのはよろしくない。

出て行けと言う、火宮当主の命令はこちらにとって都合がよかった。



「ふん。二度と火宮の敷居を跨ぐことは許さん」



当主はつまらなそうに席を立った。

先輩が抵抗することを期待していたのかもしれない。

予想に反して、先輩が出ていくことをすんなり受け入れたものだから、貶して、見下して、己の立ち位置を確認するはずが、アテが外れたといったところか。

次々に食事を終えた大人達がいなくなって、陽橘が不機嫌を隠さずに先輩に近づく。



「安心してよ。仕事は振ってあげるからさ」



「光栄です」



高笑いする陽橘の腕に咲耶が腕を絡ませて一緒に部屋を出ていく。

残ったのは私と先輩だけだ。



「………追い出したくせに、こき使うって、虫が良すぎるんじゃないですか」



彼らの出て行った戸を睨みつけていると、先輩が苦笑した。



「そう言うなって。小遣いは欲しい」



「足元見やがってあの人たち……」



「それは今までと変わんねえだろ」



火宮家は妖魔退治を生業としている。

振られる仕事とは、言葉の通り、妖魔退治。

私が初めて桜陰先輩に会った時、巨大な虫を相手に、刀一本で戦っていたのだ。

もちろん、命の取り合いだから、己の命の保障はないし、大怪我だってする。

出会った当時も、先輩は頭から血を流して満身創痍で刀を構えていた。

そんな危険な任務を安い手取りでこなしてきた、我慢強い人なのだ。


尊敬の眼差しを向けていたら、顔を上げた先輩と目が合った。



「それに今は、お前がいる」



信頼を向けられるのが、こそばゆくて、ついそっけない返事をしてしまった。



「………はいはい、行きますよ。それに、私の女神と目的は一緒だもん」