エイティーンの契約婚

「それでは先に行ってきます」

準備を終えた私は歯磨き中の北条君に小さく頭を下げた。

「行ってらっしゃい」

……あ。
たぶん、いま何気なく言ったと思う。
だけど私にとっては、久しぶりのその言葉。
伯父さまの家では挨拶しても返してくれる人はいなかったから。

『美桜、行ってらっしゃい』

パパとママがいた頃を思い出してなつかしくて、うれしかった。
事故キスのショックと残念感が、すこしおさまった。

エレベーターを降りてマンションのフロントを通過し、オートロックドアを開いて外に出る。

ちらっと外観を振り返って改めて思う。
なんなのこの家っ……!?

昨夜『ここが俺の家』とこのマンションを紹介された瞬間私は驚きで固まった。隙があったら逃げ出していたかもしれない。

そりゃあ北条君なら良いところに住んでるんだろうなくらいには思っていたが、まさかこんな巨大なタワーマンションだとは思わない。

天を突くほどの高層マンションはフランス語で『塔』という意味で、大手不動産デベロッパー東洋不動産の人気シリーズなのだとか。

怯えながら一歩入ると高級ホテルに来たのかと勘違いしてしまうほどの広大でラグジュアリーなエントランスが広がり、コンシェルジュがにこにこしながら全体を俯瞰している。巨大な鉢に生花が生けられ、エレベーターは何基もあり、足元はふかふかの絨毯。

ドラマなんかで見るセレブのマンションと同じ。