その時俺は、いつも通りキッチンに立って夕食作りに励んでいた。

「悠理君、悠理くーん」

「おぉ…どうした?」

庭でシャボン玉遊びをしていた寿々花さんが、部屋の中に戻ってきた。

そろそろ、シャボン玉に飽きたか?

「さっきね、おっきいシャボン玉がふわふわ〜って飛んでいってねー」

「はいはい」

「お隣の庭まで飛んでいっちゃったんだー」

「あ、そう…。それは良かったな」

楽しそうで何よりだけど、お隣さんにまでシャボン玉を飛ばすなよ。

うっかり洗濯物にシャボン玉がくっついたら、苦情を言われる可能性がある。

「悠理君もシャボン玉、する?」

「いや、俺は今晩飯作ってるから…」

「そっかー。今日のご飯なぁに?」

「今日はサンマの塩焼きだ」

秋の味覚だな。

スーパーの鮮魚コーナーに売られてたんだよ。まるまるとした美味しそうなサンマがさぁ。

しかも、いつもよりちょっと安値で。

サンマって結構高いけどさ、旬のサンマは今しか食べられないだろ?

これはもう買うしかないと思って。

定番の塩焼きで、たっぷりの大根おろしを添えていただきます。

いやぁお腹空いてきた。

「わーい。美味しそう」

これには、寿々花さんも大喜びである。

「もう少ししたら焼けるからな。シャボン玉を片付けてから…」

と、言いかけたその時。

ピンポーン、と我が家のチャイムが鳴らされた。

おっと…誰か来たな。

「ちょっと出てくるから、ここでサンマの焼き加減を見て…」

「うん、任せてー。こんがり焼くよー。こんがり」

待て。程よいこんがりは良いけど、あんまりこんがりにするなよ。

駄目だ。寿々花さんにサンマを頼もうかと思ったけど。

調理室を爆破させる腕前の寿々花さんに任せようものなら、折角のサンマが炭になってしまう。

勿体なさ過ぎる。あまりにも。

かくなる上は。

「逆、チェンジだ寿々花さん」

「ふぇ?」

「俺がこのままサンマ見てるから、来客対応頼む」

「うん、分かったー」

…大丈夫だよな?任せても大丈夫だよな?

「良いか、セールスだったら相手にするなよ。宗教勧誘も相手にするんじゃないぞ」

「うん、任せてー」

よし。行ってらっしゃい。

話が長引いてるようだったら、その時は俺が助っ人に行こう。

しかし、どうやらその必要はなかったようで。

「悠理君。お客さん帰ったよー」

寿々花さんは、すぐにリビングに戻ってきた。

「何だったんだ?誰だった?」

「お荷物ー」

「あ、なんだ。宅配便か…」

寿々花さんは大きな段ボール箱を、リビングの机の上に置いた。

うちに宅配便が荷物を届けに来るのは、珍しいことではない。

フランス留学中の寿々花さんの姉、椿姫お嬢さんからの贈り物だったり。

寿々花さんが注文した荷物だったりが、自宅に届けられたりするからである。

そして、今日もその類だったらしく。

「えーっと、これは…椿姫お姉様からの荷物だ」

やっぱり、椿姫お嬢さんからだったか。

しかし。

寿々花さんが受け取った荷物は、一つだけではなかった。

「もう一個は…悠理君宛てのお荷物だよ」

「…え、俺?」

思わず、びっくりして手が止まってしまった。