アンハッピー・ウエディング〜後編〜

「…なぁ、悠理兄さん。一つ大切なことを忘れてないか?」

文化祭が数日後に迫ったその日、雛堂が俺に質問してきた。

ここ最近の雛堂は、連日に渡る文化祭実行委員の仕事のせいで、非常にお疲れの様子である。

俺と、結局乙無も何だかんだ手伝ってるから、少しは負担も軽くなっているはずだが。

それでも毎日、新校舎と旧校舎を行き来しては、あれこれ細々とした仕事をこなし。

幾度となく「あーもうやめてぇ!無理!死にそう!過労死する!」と愚痴りまくっていたが。

愚痴を言いながらも、それでもちゃんと自分のやるべき仕事を頑張ってこなしてるんだから。

雛堂は立派なもんだ。

…で、それはさておき。

「大切なこと…?」

…って、何だよ?

カレーの準備ならちゃんとしてるし、糠漬けの仕込みも完璧だ。

調理器具や、皿やスプーンなどのカトラリーの準備も万端。

テーブルや椅子のセッティングは、前日の放課後にクラスメイト達の手を借りてやることになっている。

手書きのメニュー表は、コピーしてラミネート加工した。

他に準備することなんて、あったっけ…?

「『HoShi壱番屋』の準備のことじゃねーよ」

「え?」

「まさか、忘れてねぇよな…?…女装コンテストのこと」

「…」

…ごめん。忘れてたよ。

このまま、一生忘れていたかったよ。

「衣装の用意、ちゃんとしてんだろうな?」

「…え、えっと…」

「おいおい。カレー屋の店主も良いけど、当日は悠理兄さんじゃなくて、悠理姉さんになる準備も、ちゃんとしといてくれよ」

誰が姉さんだ。

俺にそんな趣味はない。

「髪のお手入れとか、肌のお手入れとかぁ。大事だぞ?」

「…何を言ってんだよ、あんたは…」

「ちなみに、当日はメイクもすんの?」

しねーよ、馬鹿。何言ってんだ。

そういや、寿々花さんも男装コンテストに出場するって言ってたが。

あの人も、衣装の準備とかしてんのかな…?

…って、人の心配をしてる暇はないっての。

「衣装用意しといてくれよ、ちゃんと」

「…気が進まねぇなぁ…」

「当日までに用意してなかったら、無月院の姉さんのクラスでやってるメイドカフェからメイド服借りて、それを着て出ようぜ」

分かった。絶対衣装用意しておくから。任せてくれ。

メイド服なんて、冗談じゃない。

せめて少しでも…ダメージが少なくて済む衣装を探してこないとな…。

考えたくないが…考えない訳にもいかないのが辛いところである。