アンハッピー・ウエディング〜後編〜

返事を急かすと、寿々花さんは腕組みをして、しばし「うーん」と考え。

「そうだな…。どれも美味しいけど、強いて一番を決めるなら…」

「…決めるなら?」

「最初に作ってくれた、いつものカレーが一番美味しかったかな」

…とのこと。

…いつもの?

「いつものって…。俺がいつも作るカレー?」

「うん。いつもの」

玉ねぎと人参と玉ねぎをぶち込んで、牛肉…は高いから、代わりに豚こま肉をたっぷり使って。

市販のカレールーを入れて、適当に目についた調味料を、隠し味として目分量でぶち込んで、しばらく煮込み。

炊きたての白いご飯に、豪快にぶっかけ。

そこに糠漬けの大根ときゅうりを添えた、いつものカレー?

何の変哲もない、いつもの?

…あれだけ色々試して作ったのに、結局いつものカレーが一番美味しい、なんて。

逆に、ちょっと切ない。

俺の努力って、一体何だったんだ。

「いつもの…そんなに美味いか…?」

お高いからって、牛肉を入れず、お安い豚こま肉を使った貧乏性カレーだぞ?

丁寧にバターで炒めた飴色玉ねぎを使って…なんて手間さえかけていない、手抜きカレーでもある。

おまけに、味付けは市販のカレールーだし。

手作りのナンだの、お洒落なサフランライスだのを合わせるでもなく、ただの白米。

お洒落とは程遠い、面白みもない普通のカレー。

それが一番美味しいと?

「うん。上手く言えないけど…。あー悠理君のいつものご飯だなー、って思って…安心する味って言うか…」

「…」

「あったかくて、ホッとして、幸せな味がするの。分かる?」

…それって、つまり。

雛堂が言ってたアレか。

「…お袋の味ってこと?」

「うん、そうかも。…お袋の味って食べたことないから、分かんないけど」

だから、さらっと重いこと言わないでくれって。

そうか…。寿々花さんは特に、お袋の味ってものに飢えてたからな…。

だから余計、むしろ、俺の所帯染みた手抜き貧乏カレーの方が口に合うって言うか…。

俗に言う、「こういうので良いんだよ」的な味なのかもな。

それって、素直に喜んで良いのか?

毎日食べても飽きない、という点で、家庭料理としては満点かもしれないけど。

でもそういう料理って、家庭で食べるから満点なのであって。

外食で食べるものではないのでは…?

…いや、むしろそれを狙うべきなのか?

お嬢様揃いの聖青薔薇学園の生徒は、お洒落な料理やお高い料理を食べつけている。

俺みたいな、へっぽこにわか主夫が作った料理じゃあ、彼女達の舌を満足させることなど、出来るはずがない。

しかし、そんな彼女達はむしろ、一般的な家庭料理というものをほとんど食べたことがない。

目の前の寿々花さんが良い例。

ってことは、俺の手抜き貧乏カレーの方が、彼女達にとっては目新しくて美味しいかも…?

…んな訳ねーだろ、と言いたいところだったが。

「私にとっては、悠理君がお袋ってことだね。いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう。お母さん〜」

と、嬉しそうに言ってくる寿々花さんの顔を見ていたら。

…なんかもう、これで良いんじゃないかなって思える。

「…お母さんではないけどな…」

結局、毎日あれこれも試作カレーを作ってきたけど。

いくら背伸びしたって、普段は使わない食材に手を伸ばしたって。

俺に作れる料理と言えば、いつも通りの家庭料理ってことだな。