鳥の囀りが心地良い。窓から差し込む陽の光、空を漂う雲の流れ。すべてが心地良くて、私は頬杖をついて空を眺めていた。

いつの間にか冬は終わり、春がやってきていた。雪もすっかり溶けてしまった。



「こら、真白!」



驚いて正面に向き直ると、先生の額に青筋が見えた。


またやってしまった。

黒板に視線を移すと先程からだいぶ内容が進んでしまっている。慌てて縮こまる私に、先生の冷ややかな視線が向けられた。

ここは月の国の訓練所だ。


遡ること数週間前。私が八雲隊長と再会してから数日後のこと。



『今日は今後の君の処遇について話に来たんだけど。』



度々私の病室を訪ねてくれていた八雲隊長はその日、挨拶もそこそこに本題に入った。



『え…。』
『えって何よ。ずっとここにいたいの?』
『い、嫌ですけど…。』



処遇なんて言い方をされてしまうとつい構えてしまう。

八雲隊長はそんな私を見て可笑しそうに微笑むと、私の頭に手をポンと乗せた。



『大丈夫、悪いようにはしないよ。』
『本当ですか…?』
『あぁ。君には訓練に参加してもらう。』
『訓練に…?』



この国では9歳になると1年間訓練に参加する決まりがある。

その訓練では座学に始まり、最低限の護身術を身につける目的がある。子どもたちは訓練期間は親元を離れ首都の寮に寄宿する。


そこまでで気が付いた。今の私は9歳ぐらいだろう。訓練所であれば複数人で私を24時間監視することができる。

そうすると1年は私をそのまま監視下に置くことができるということか。



(やっぱり怪しまれてる…よね…。)



無理もない話だ。私自身ですら自分に起きたことが分かっていないのだ。怪しすぎる。

だがこれは私としても都合が良い。総隊長も八雲隊長もこの首都にいる。2人は間違いなく味方だ。2人の側にいられるのは安心する。



(それに、また八雲隊長の側にいられる…。)



もしかしたら私はこうして訓練に参加するためにこのタイミングで記憶を取り戻したのかもしれない。



『分かりました、訓練に参加します。』
『よし、いい返事だね。詳細はまた別の奴が詳細を話に来るから。』
『はい。』



今の私は未来が分かる。

ところどころ欠落しているが、恐らく記憶を持って今生きているのは八雲隊長を死なせないためだろう。要するに、あの局面を回避できればいいはず。


そう考え無事訓練所に入所したはいいものの…。

2度目の人生を生きる私にとって、ここで教えてくれる内容は既に頭の中にある。だが授業をまともに聞かないくせに成績が良いとまずいだろうから、上手くやらなければと思ってはいるのだが…。



「お前は成績が良いからって!」
「ご、ごめんなさい…。」



そう言うと、先生は呆れ顔で盛大に溜め息を吐いた。先生の苦労もごもっともだ。私が先生の立場だったら同じように頭を抱えているに違いない。

気を取り直した先生は「いいか、よく聞け」と前置きして授業を再開した。



「俺たち月の国は長いこと隣の太陽の国と戦争関係にある。今は冷戦状態だ。」



太陽の国。

この月の国から見て西に位置する国だ。国の規模は月の国より少し小さい程度。だがその軍事力は月の国にも引けを取らないと言われている。

とはいえ長く冷戦状態が続いていることから、互いに軍事力を測り切れていない節がある。


そしてこの太陽の国こそ、1度目の人生で私を殺した国であり、この死に戻りにおける敵でもある。



「太陽の国との戦争もこの国の起源と同じところまで遡るとなると裕に数百年を超える。お前たちの世代は冷戦の最中に生まれた世代だから、あまり敵と言われてもピンと来ないかもしれないが…。」



この冷戦状態は既に十年が経過している。従って私たちの世代はあまり戦争を知らない。

とはいえ戦いが全くないかと言えば、それも否だ。目立った大きな戦いがないだけで小競り合いや小さな戦闘は日常茶飯事だ。



「いつ戦争が再開するかも分からない。そう考えると大手を広げて安心することは厳しいのが現実だ。気を抜きすぎると死ぬぞ。これは脅しじゃない。お前たちの中には実際、村が襲われた奴もいるだろう。まだ戦争中だということは忘れるなよ。」



私はあの日のことを思い返した。襲われた私の村。生存者は私だけ。

先生が言ったことは、正しく脅しじゃない。平和にうつつを抜かして気を抜き過ぎれば本当に死ぬ。


私はグッと拳を机の下で握った。



「先生の話、めっちゃ怖くなかった? あんな言い方しなくてもいいのにね。」



その日の訓練終わり、宿舎へ向かう道すがら百音(もね)が言った。彼女は訓練に参加するようになってできた友人だ。
今年は女の子が少ないそうで、彼女は貴重な女友達だ。

前を歩く百音は編んだ髪を揺らしながらくるりと振り向くと、私の手を強く握って言った。



「真白は私が守るからね!」
「百音…。ありがとう…。」



明るく笑う彼女に笑顔でそう返すと、彼女は満足そうに頷いた。


図らずも私の経歴は皆の知るところとなっている。見張りまでつけられていることは知られていないが、1つ村が滅んだのだ。自然とその知らせは国を巡り、私が唯一の生き残りであることもそのままついて回ったというわけだ。

哀れに思われることは好きではないが、こうして気にかけてくれる友人が出来たのは幸せだと思う。

1度目の記憶を辿ってみても、私には友と呼べる存在はいなかった。唯一、八雲隊長が側にいてくれた。今にして思えば、私は彼を慕うだけでなく依存していたんだろうな…。