次に目を覚ました時、変わらず手は握られたままだった。



「起きれる?」



八雲隊長に支えられながら体を起こすと、部屋の中に顔に沢山の皺が刻まれたお爺さんがいることに気が付いた。

この国の現総隊長・足心(あさね)だ。



「起き抜けに悪いんだけど、真白。君はどうしてあそこにいたのかな。」
「え…。」



どうして。

そう言われて気がついた。1度にいろいろなことが起こりすぎて混乱していたが、そもそも私は村が襲われて近隣の村に逃げようとしていたんだった。

ここ首都は私がいた村からはかなり遠い。あのとき私が向かおうとしていた近隣の村からもかなり遠い。恐らく方向感覚を失って点在する村々の間を通って来てしまったのだろう。

あそこで彼らに見つけてもらえたのは幸運としか言いようがない。知らなかったはずの地理情報が次々に思い出されて、私に答えを提示してくれる。



(大丈夫、さっきよりは頭がはっきりしてる。)



「村が…襲われて、近くの村に逃げようと、してて…。」



ぎこちなく言葉を紡ぐと、八雲隊長は1つ頷いて言った。



「俺たちは国境沿いの村から緊急連絡を受けて村に向かってたところだったんだよね。俺は君を見つけて戻ってきたけど、さっき村に行った奴らから報告がきた。」



八雲隊長の顔を見上げると、彼の顔に悲しみが滲んでいた。彼が目配せをすると、総隊長は1つ頷いた。

八雲隊長は私に向き直り私の手を握る手に力を込めた。起き上がる過程で離れたものとばかり思っていたが、まだ握っていてくれたのか。反射のように私は八雲隊長の手を握り返した。


彼は私の反応を伺いながら言葉を紡いだ。



「君の村は全滅だったそうだ。」
「……。」
「生き残りは君だけ。ご遺体は損壊が激しくて誰のものか判別できる状態ではないそうだ。」



私は目を瞑って唇を噛み締めるとそのまま俯いた。結果は分かりきっていた。それでもやはり気分の良いものではない。



「辛いところ申し訳ないけど、少し君の話を聞きたくてね。君は唯一の生き残りだから。」



顔を上げると、八雲隊長と総隊長が揃って私をただじっと見つめていた。そうなるのは当たり前だろう。

頷く私を認めると総隊長は1度退室し、再び戻って来たときには医者を引き連れていた。



「話の前に、少し診てもらおう。」



八雲隊長はそう言うとずっと握っていた手を離して総隊長と共に退室した。

医者による診察が行われ、問題なしと確認した医者と入れ違いに八雲隊長と総隊長が部屋に戻って来た。そして最後に彼らの仲間と思しき男性が最後に入って来た。



「改めて、俺は八雲。よろしくね。」



八雲隊長は簡単に名乗るとにっこりと笑いながら先程まで腰掛けていた枕元の椅子に再び腰掛けた。
私を安心させるためだろうか、先程より少し和やかな雰囲気だ。



「儂は総隊長の足心じゃ。よろしくな。」



足心も八雲隊長同様に柔らかく笑った。普通にしていれば人の良いお爺さんに見えるが、歴戦の将である彼は総大将の名に恥じぬこの国最強の男だ。

続けて最後に部屋に入って来た男性が口を開いた。



「僕は八雲さんの部下の(ごう)。よろしく。」



よく見れば豪も初めましてではない。
記憶の中の豪とは少し見た目の違いがあるようだが、大した差ではない。

彼と八雲隊長は幼い頃からの付き合いで、プライベートでも仲が良い。私も以前かなりお世話になった。



「私は真白です…。」



私がそう名乗ると各々柔らかい笑顔を浮かべた。

様子からして、総隊長も豪も私のことを覚えてはいないようだ。



「それじゃあ早速だけど、村が襲われたときのことを可能な範囲で大丈夫だから、聞かせてくれるかな。」
「はい…。」



私は昨晩あの村で襲われた。突然のことだった、は、ず…。

八雲隊長の質問に答るべく昨晩の出来事を反芻しようと試みるも、何かおかしい。



「あれ…。」



私、どうしてあの村に…? あの村の出身…? 違う、それは状況判断だ。私、一体…。


私は呆然と視線を真っ真白な布団の上に移した。

動揺する私に気が付くと、八雲隊長は繰り返し私の名前を呼んだ。



「真白。おい、真白…!」



けれど彼の声は私の耳には届かなかった。

私は八雲隊長の方に視線を移すと、混乱するままに口を開いた。



「私、私…分から、ない…。私…、どうして、あの村に…。」
「真白…?」



よく思い出してみたら、昨晩意識を取り戻した段階で既にそれ以前の記憶はなかったような気がする。

グラグラとする頭を抱えて冷静になろうとしてみるが、どうしても頭の中が整理できない。もう、意識を保つことすら厳しい。


私はそのまま意識を手放した。