『逃げろ!』



総隊長・足心(あさね)の叫び声を皮切りに皆が一斉にその場を離れた。辺りは火の海。各々自分が助かることだけを考え、方々散り散りに逃げて行く。

ただ1人の男を除いて。


私たちは敵の罠に落ち、総隊長は敵によって捕えられてしまっていた。そんな状況下での『逃げろ』という指示。敗走だ。



八雲(やくも)隊長、逃げなきゃ! 私たちまで死んじゃう!』



腕を引くも、彼……八雲隊長は頑としてその場を動こうとはしなかった。彼は短剣を構えると詠唱を破棄して魔法を繰り出し続けた。
私はこちらを目掛けて飛んでくる魔法を相殺しながら彼の説得を試みていた。

ここは総隊長の言うように1度引いて体制を立て直してから再戦に臨むのが最も利口なことくらい、彼にも分かっているはずだった。



『八雲隊長!』
『お前は逃げろ! 俺はあの人を置いて逃げるなんてことはできない!』
『でもっ、助けられっこない! あんなの…!』


私はボロボロと涙を溢しながら彼の腕に縋り付いた。


総隊長は炎の檻に包まれていた。ただの炎ではない、命を代償とした炎だ。水属性の魔法も他属性の魔法も何も効かない。

術者の命が尽きれば檻は消える。けれど敵は数人体制で魔法を発動し続けている。こうなっては術者を直接叩く他ないが、その守りがあまりに強固すぎる。


片やこちらはここまでにかなりの戦力を欠いてしまった上、今や敗走の真っ只中だ。とても太刀打ちできない。



『お願い八雲隊長…! 私、隊長が好きっ…! 私だって隊長を置いていくなんてできない!!』



そう叫ぶと、彼はいつもと同じ笑顔を私に向けて言った。



『俺も、好きだったよ。』
『八雲、隊長…!』



両想いなことくらい気付いていた。気付いていて敢えて告げなかった。だけど想いを通わせれば思い留まってくれるんじゃないか、なんて。

甘かった。



『幸せになれ。』



そう言って彼は私を風属性の魔法で無理矢理吹き飛ばすと、独り敵陣の中に突っ込んで行った。


あまりに無謀だった。結果は目に見えていた。


目の前で嬲り殺される八雲隊長。泣き崩れる私。檻に囚われた総隊長。

そして遂に、私もその場で殺されるのだった。