「八雲さんってエリートだろ? 頑張らねぇと無理だな。」
「毎日稽古してるから大丈夫だ!」



飛鳥は握り拳を作りながら強気に笑った。聖の意地悪は百音にだけではないらしい。


でも私は知っている。

授業がない日も朝から飛鳥と一緒に聖も稽古をしていること。嫌々付き合っているのかと思っていたが、どうやら見ているとそうでもないようだ。



「聖も稽古してるじゃない。あんたも八雲さんに憧れてる口?」



百音は窓辺にぬいぐるみを戻しながら言った。聖は一瞬顔を顰めた。あまり努力する姿を見られたくなかったんだろうか。



「俺は八雲さんより豪って人だな。」
「えっ…。」



思わぬ名前につい声が漏れてしまった。聖は驚いた表情で私を振り返った。



「知ってんのか。」
「う、うん。八雲さんと豪さんに助けてもらったから…。」
「豪華だな。八雲さんが有名なせいで隠れちまってるが、豪さんも優秀な人だからな。昔助けてもらったことがあって、それからずっと尊敬してる。」



詳しくは聞きにくいけれど、聖も大変な経験をしたんだろう。…とはいえ残念ながら、月の国ではそんなことは別に珍しくはないのが現状だ。

百音は自分で訊いたくせに「ふーん」とあまり興味なさそうに返事をした。



「って、八雲さんって有名なの? あたしすごい失礼じゃん!」
「知らない方が珍しいと思うぞ! 今は班長だけど、隊長になる日も近いって噂だし。」



この国の子どもにとって守護隊の存在は身近なものだ。親兄弟が所属している者も少なくはない。だから抜きん出た存在は有名になりやすい。

八雲さんはいい例だ。



「僕は(しん)先生みたいになりたいな。」
「えっ。」



青の言葉に驚嘆を漏らしたのは私だけではない。その場にいた全員が意外な回答に目を丸くしていた。

私はよく怒鳴られているので、青には先生のようにはなってほしくはない。完全に私が悪いのだが…。



「先生良い人だよ。よく気がつくし、気配りもできるし。僕の姉さんが同期で、昔から話聞いてたんだ。」
「青がそこまで言うなんて…。」
「観点が大人ね…。」
「っつか姉ちゃんもいんのか…。」



確かに先生だって優秀だ。そもそも教える立場である以上、守護隊の隊員であれば恐らく第1守護隊所属になるだろう。

人員が潤沢なわけではないだろうに、本人の希望なのか上層部の意思なのかは分からないが、そんな人に教われるなんて幸せなことなのに…。



(私も普段の態度を改めるよう努めよう…。)



「皆ちゃんとしてるのね。なんで4人とも自主練とか頑張れるのかと思ったら、ちゃんと目標がいたのね。」
「百音はそういう人いねぇの?」
「私は幸運なことに何もなかったから、呑気に生きてきちゃったのよね。」
「ふーん。何か見つかるといいな。」



…珍しく百音と飛鳥が冷静に会話をしている。明日は雨かもしれない。



「明日は雨だな!」
「こら飛鳥、余計なこと言うな。」
「ふふ。」



ついつい笑いが溢れてしまう。なんて平和な日常。こんな毎日がずっと続いたらいい。


窓の外を見やると新緑が青々と茂り始めていた。地面に映る木漏れ日が綺麗でつい目を奪われる。窓を開ければ穏やかな風が吹き込むだろう。


あの死に際が嘘のようだ。

けれどこれは現実だ。守りたいものが日々増えていくことに少し戸惑うけれど、この手で守れるなら守りたい。一緒に頑張る友達もいる。私は今、独りじゃない。