「はぁ…、は…。」



呼吸が上手くできない。


肩で荒く息をすると、あまりの空気の冷たさに喉が痛んだ。足を動かすとそれに合わせて雪を踏み固める音がする。

ボソボソと降り続く大粒の雪が、いつの間にか肩にまで降り積もっていた。


どれくらいこうして歩いただろう。ずっと庇っていた右腕の痛みはとっくに感じなくなっていた。血が指を伝う感覚もない。

後ろを振り返るも、あるはずの足跡は既に雪に埋もれていた。


進んでいた方向へ向き直ると、遥か遠くに微かに見える灯りを目指して再び歩き出した。


私がこうして生きているのは恐らく奇跡なんだろうが、既に奇跡は尽きそうだ。

先刻何者かに村が襲われた。意識を取り戻した時、村の人間は全滅だった。目の前の現実から逃れるように近隣の村へと向かったはいいものの、雪で道は埋もれ、雲で星も見えず私は完全に迷っていた。


出血に加えてこの雪だ。このままでは死ぬのも時間の問題なんじゃないだろうか。雪の中をしばらく彷徨い何とか灯りを見つけたはいいものの、なかなか近付くことが出来ない。私の心は既に折れていた。


限界を迎えた私はその場に倒れ込んだ。



(寒い…。このまま死ぬのかな…。)



私はそっと目を閉じた。まだ死にたくないと心の叫びが聞こえるけれど、もう疲れてしまった。あんなに泣いたのに、まだ涙が出るなんて。


なんて静かなんだろう。風の音だけが聞こえる。この静寂の中、誰にも看取られずに死ぬんだ。


そう思った矢先、雪を踏み固める音が微かに聞こえてきた。

タイミングが良すぎる。幻聴か、あるいは野生の動物かもしれない。あらゆる可能性を考えながら、これ以上痛いのは嫌だなんて呑気に考えていた。



「子どもだ…!」



そう叫ぶ声が聞こえて、複数の雪を踏み固める音がこちらに近付いて来た。どうやら駆け寄ってくれたらしい。



「おい、大丈夫か…!」



そう尋ねながら、声の主は私を抱き上げた。

体についた雪を優しく払ってくれる。そのうち怪我に気が付いたようで、負傷した右腕に触れることはなかった。


薄ら目を開けると、その人は私の顔を覗き込んでいた。

その時、雲の切れ間から微かに月が顔を出した。どうやら今日は満月らしい。月光を受けて、私を抱き上げた人物の銀髪が柔らかく輝いた。
口元をローブで覆っているせいであまり顔は見えなかった。それでも光を宿した青い瞳は認識できた。


その瞬間心臓が大きな音を立てて騒ぎ始めた。



「君、名前は?」
「……真白(ましろ)…。」



懐かしいと、愛しいと、そう思った。


私はこの人を知っている。いや、知っていた。どうして忘れていたのだろう。

私はこの人を愛していた。



「真白。もう大丈夫だ。」


彼は記憶の中と同じ笑顔を私に向け、右腕に配慮しながら私の体を更にぐっと抱き寄せた。

私はこの腕も知っている。



(あぁ、安心する。)



私はそっと目を閉じ、今度は意識を手放した。