朝から晩まで、ネロカイア国の第三皇子の元で今日も忙しなく働いている。
私はメイドの新人下っ端だから、朝一番の仕事は、先輩たちが嫌がる、庭掃除の担当だった。今も早朝から庭掃除をしていた。
何故庭掃除が嫌われているかというと――。
枯葉を集め終えた瞬間、赤いドラゴンが飛んできた。ドラゴンの風圧で集めた枯葉が再び散らかる。
――またか。
「おい、お前、いつから枯葉を集めている?」
「はい、一時間ほど前から枯葉を集めております」
「それなのに、まだ全然集まってないのか?」
だって、それはさっきから皇子のドラゴンが散らかしてくるから……なんて言えるわけがないから言葉を心の底まで飲み込んだ。ブトン第三皇子は私よりも三歳年上の二十歳。だけど年上とは思えないほど言動が幼い。
「申し訳ございません」
深々とお辞儀をすると、鼻で笑いながら満足そうに去っていった。
――嫌がらせをすることでしか満足出来ないのかしら。
少し可哀想だなと感じながらそっと深いため息をつき、再び枯葉をほうきで集める。
すると今度は少女がやってきて「お姉さん、今日はどんなお話を聞かせてくださるの? あ、そうそう、召喚魔法って知ってる?」と、その子が可愛い声で聞いてきた。
この子の名はローズ。最近、庭で掃き掃除をしている時によく話しかけてくる。ふわふわで綺麗な金色の長い髪の毛がとても似合う五歳くらいの女の子。高級そうなワンピースドレスを常に着ているから、おそらく位は高い子なのだと思う。私はまだここには来たばかりで話せる相手は数少ないから、彼女と話すと気持ちが癒される。
「そうね……今日は、これからローズ様も関わることになる召喚獣についてのおはなしをしようかしらね」
「召喚獣って、未来の護衛のことよね?」
「えぇ、そうです。もう少し大きくなったら、ローズ様も召喚魔法を修得し、召喚獣と共に人生を歩まれることになると思います」
「お姉さん、私、詳しく教えてほしいわ!」
私は集まった庭の枯葉をホウキでまとめると、手を休めた。そして近くにある白いベンチの上に私のハンカチを置くと、そこに座っていただいた。
「かつて召喚獣は、戦争の道具として利用されていたのです。人対人の……一切争いには関係のない召喚獣達が戦争に巻き込まれておりました。やがて召喚獣の存在意義は変化していき、争いのない現在の我が国では、人の護衛としての役割を担うために存在しているのです。性格も凶暴だった召喚獣たちは、暮らしに合わせて穏やかになっていきました」
女の子は、手を組みながら真剣に話を聞いている。
「戦いに巻き込まれた召喚獣たちは人間と一緒にいて、嫌ではなかったのかしら」
「召喚獣にも心はあります。なので人間との性格の相性だってあります。あんまり大きな声では言えないけれど、嫌だと思う召喚獣も多くいたでしょう。今も、一緒になった人間が実は苦手と思う召喚獣もいるでしょうね……」
ちらっと私はブトン皇子が歩いていった方向を向いた。
少し経つと「あっ、呼ばれた。帰らなきゃ! お姉さん、またね」と、ローズ様は立ち上がった。
私には何も聞こえなかったけれど……ローズ様は耳がとても良いのかしら。
「えぇ、またいつでもお話しに来てください」
彼女の後ろ姿を消えるまで見送ると、掃き掃除を再開させた。再開させ少し経った時、枯葉が空に向かって渦巻き状に舞い、粉々になりながら、消えた。ただ呆然としながら空まで進んでいる枯葉を眺める。
集まったり散らかったり、そして今は粉々になり消えた。今日の枯葉は私よりも忙しそうね。
じっと枯葉の最期を見守っていると視線を感じた。後ろを向くと高身長で顔の整った、黒いローブを着ている男が魔法を使っていた。
「召喚獣に詳しいんだな? 召喚魔法を修得したいのか?」
視線が合うとその男は話しかけてきた。
「いいえ、修得したいだなんて、別に……それに、もしも召喚したいと思っていても、私は身分の低い女。なので全く無縁のお話ですから」
そう、私は召喚獣とは無縁だ――。
私は身分の高い公爵家で育った。両親共に当たり前のように護衛としての召喚獣が近くにいる日々を送っていたから、私も成人した日には魔法石を与えられ、召喚獣と一緒にいられる日々が来る。と、待ち遠しかった。
けれど アルトリア家は没落した。両親が優しい性格すぎたから、悪意ある者たちに利用され財産を隅々まで奪われた。そして代々築きあげられてきた我が家は没落した。両親共にストレスで身体が弱まり、私は家族の生活費を稼ぐために、今ここで今働いている。
もうすぐ私は成人を迎える。その時に魔法石を与えられるはずだった。
召喚獣の話なんて、メイドとして働く下流階級となった今の私には全く関係ないのだけど……。召喚獣を護衛として利用できるのは、召喚するための魔法石を配られる上流階級の人達だけなのだから。
だけど、召喚獣をお飾りのように扱う令嬢や、さっきの皇子みたいに遊びの道具として扱う人々を見ると、嫌気と嫉妬のような変な気持ちが込み上げてくる。
その男は、すっと私の右手を掴み、手のひらを上に向けさせた。すると手のひらに何かを乗せる。
――これは、魔法石?
「もしも召喚魔法を使いたい願望が少しでもあるのなら、夜中零時にあの木の下で会おう。召喚魔法を教える」
「私に、召喚魔法を?」
「そうだ」
男の人と話していると、先輩メイドふたりの視線が突き刺さってきた。先輩たちが早歩きでこっちに向かって来る。さぼっていたから怒られるかな。
「あの、私、掃除をしないと」
「あぁ、邪魔して悪かったな」
「いいえ……あの、お名前は?」
「自分の名はオルタンシアだ」
「私の名は、マーガレットです」
名前を伝えると彼は微笑みながら「知ってた」 と呟いた。
私の名前を、知っていた?
「じゃあ、待ってるからな」
オルタンシア様は去っていった。
「ちょっと、どういうことよ?」
「あのお方って、あの、優秀な召喚魔法使いのオルタンシア様よね?」
私たちの様子を眺めていた先輩メイドたち、ふたりがモンスターのような形相で攻めてきた。私は慌てて隠すように、貰った魔法石をポケットに入れた。
「あ、あの、あの方は有名な方なんですか?」
「何よ、あんたもしかして知らないの?」
「はい、何度かお見かけはしていたのですが……」
「オルタンシア様は、召喚魔法修得の講師もしていて、ここ、王家でも教育なさっているのよ。あの整った容姿端麗なお姿は令嬢たちにもとても人気があるらしくて、引っ張りだこらしいわよ」
「年齢は、私と同じくらいで、二十五辺りかしら。恋人はいないって噂よ」
恋人がいない……あんなに格好がよいのに、意外。
先輩が思い切り私を睨む。
「何故あなた方が話をしていたのかわからないけれど、身分が全く違うのだから気安く話さない方がいいわよ。だって、あの方は国の四大名家のひとつ、 ヴァロイア家の跡継ぎの噂もあり、頭脳明晰で国の未来の頭脳部分も担うとも言われているとても高貴なお方よ」
「……」
そんなに身分の高い人だったの?
そんな彼がメイドなんかの私の名前をしっていて、何故、私に魔法を教えると言っていたの?
疑問しか浮かび上がらない。
今日の夜中、どうしたらよいのかしら。
夜、約束の時間が過ぎる。
今の私に召喚魔法なんて教えてもらう資格はないわ。
私がもしもいかなくても、彼は待っているのかしら?
ずっと彼のことを考えていると目が冴えて眠れない。
結局、白い薄手のナイトウェアの上に一枚ピンク色のものを羽織ると、同じ部屋で眠っている他のメイド三人を起こさないようにそっと静かに、メイドの寮の裏口から外へ出た。
月明かりで外は明るい。
一枚羽織っては来たけれど、ちょっと寒い。はぁっと白い息で私は手を温めながら進む。
約束の場所には、小さな池がある。そこはちょうど、夜中眠れない時にたまに行く場所。その時は池の中で揺れている月の明かりを眠くなるまで眺めていた。人もめったに通らないし、結構お気に入りの場所だった。
着くとオルタンシア様は……まだいた。
「来てくれたんだ?」
オルタンシア様は月よりも輝いているように見え、まるで暗闇の世界を明るく照らしているようだった。
「来てしまいました。教えてもらえる身分ではないのに」
「いや、そんなことはない。だって、自分たちは深い繋がりがあるのだから……」
「深い繋がり……ですか?」
こくんとオルタンシア様は頷いた。
初対面のはずなのに、深い繋がりとは?
「では今日は、さっき少女に伝えていた内容と重複するが、召喚獣について伝える」
聞こうか迷っていた矢先、本題に入った。
「今日ということは、また次もあるということですか?」
「あぁ、そうだ。魔法の基礎から実践まで教えなければ使えないからな」
またこうやって会えるのかな?
この状況に、胸が高まっていた。
彼と目が合うと何か熱いものが全身を巡る。それは召喚魔法を使えるという希望からか、それとも――。
「まずは、基礎知識を――」
オルタンシア様は、昼間私が女の子に教えた、過去、そして今の召喚獣の話を簡潔におさらいとして、説明してくれた。
「それと、大切なのは人が召喚魔法を唱えた瞬間から召喚獣には、恐れや悲しみ、怒りなどの感情が召喚魔法を唱える人間から伝わるということだ」
「それを踏まえて、できるだけ優しい気持ちでいるのが理想だということでしょうか?」
「そういうことだな。早速だが、召喚獣を操る練習をしよう。魔法石は持ってきているか?」
「はい、持ってきております」
私は丁寧にハンカチに包んだ魔法石を手のひらに乗せ、彼にみせた。
「この魔法石は生徒たちが最初の練習に使うものだ。中には、穏やかな性格のカーバンクルがいる。まずは、自分が手本をみせる」
オルタンシア様が魔石をみつめ、手をかざすと魔石が虹色に輝いた。
「カーバンクルルー」と高い声と共に姿を現した、小さな兎のような狐のような姿をしたその幻獣はふわっと私の手に着地した。
「綺麗な若草色ね……カーバンクル、久しぶりに見たわ」
頬に寄せようとするとカーバンクルは自ら頬を擦り寄せてきた。ふわふわな感触が気持ちいい。
「可愛い! 人懐っこい……」
「カーバンクルは警戒しないからな。次は、マーガレットの番だ」
オルタンシア様がそう言いながらカーバンクルに手をかざすと、カーバンクルは魔法石の中に吸い込まれていった。
「私にできるのかしら……」
「できる。が、しかし最初は上手くいかないかもしれない。出てきてほしいと強く願いを込めて魔法石に手をかざすんだ」
「はい、やってみます」
左手のひらにある魔法石の前に右手を当て、目を閉じ今見たばかりのカーバンクルの姿を頭の中に浮かばせて……。
――お願い、お外に出てきてください。
辺りはしんとなる。何も変化は起こらない。すると耳元で「大丈夫だから、信じて」と、オルタンシア様の囁く声がした。
両手が温かくなってくる。
そして――。
「カーバンクルルー」と、カーバンクルの声も聞こえてきたから目を開けた。
目の前には再びカーバンクルがいた。
「最初の難関、すぐにクリアしたな。生徒たちの中で練習なしですぐに使えるのはおよそ一割ぐらいだ」
初めて魔法を使った。
魔法が、使えた。
――憧れていたけれど、無縁だと思っていた召喚魔法を。
出てきてくれたカーバンクルを強く抱きしめた。
「ただ、今そなたが使った魔力は、教育用の魔力だ。講師の自分がいる時にしか使えない。常に召喚魔法を使える状態にするには、魔法事務局が運営する試験を受け、合格する必要がある」
「では、この子を召喚できるのは今限り……」
「そうだ。合格すると常に共に過ごすことになる相性の良い召喚獣の魔法石を、数ある中から選び、その魔法石と共鳴する魔力が授けられ、正式に使えるようになるのだ」
「でも、そもそも召喚魔法は上流階級の方々しか使えないのでは?」
「例外もある」
「例外?」
「そう、それは自分が推薦した者も試験を受ける資格が与えられる」
私も、もしかしたら正式に召喚魔法が?
ゼロだった可能性が一気に跳ね上がり、期待感が増してくる。本当は、召喚獣と共に過ごす人生に憧れていた。でもそれは、推薦してもらわないと何も始まらない。
「あの、推薦をお願いいたします」
私のような地位の者が、オルタンシア様のような位の方にお願いするなんて、とんでもないことだ。けれど私は、ついお願いの言葉を吐いてしまった。
「もちろん、推薦する」
「……ありがとうございます。あの、お聞きしたいことがあるのですが、何故オルタンシア様は、そんなに私に良くしてくださるのですか?」
「――それは……」
「そなたが幸せになれるための力に少しでもなれたらいいと思ったからだよ」
オルタンシア様は私をみつめてそう言った。口角は上がっているものの、何故か目はとても切ないような、悲しみを帯びているように見える。
「あっ、むこうから人が来た」と、オルタンシア様が言うと、私を来た人たちから見えないように隠してくれた。オルタンシア様と距離が近すぎて心臓の音が早くなってくる。私は顔を上に向け、オルタンシア様に「あの、本当にまたこうやって、教えてくれますか?」と、問う。
「もちろんだ。今日は、初めての練習だから、魔力を多めに使えるようにした。本来、召喚魔法を使うための魔力は今日使った魔力の3分の1の量だ。ただ、魔力を少なくするとその分魔法を使う難易度が上がる。難易度は上がるが、慣れると簡単になる。練習して、魔力が少ない量でも簡単に使えるよう、まずは慣れよう」
「ありがとうございます」
「では、また明日。この時間、ここで待ってる」
「はい、ありがとうございます」
「マーガレット!」
オルタンシア様の元から去ろうとすると名前を呼ばれた。直接名前を呼ばれドキリと強い胸の音がなる。私は振り向く。
「部屋まで、送る」
「いえ、近いから大丈夫です。それに、ここは人が滅多に来なくて大丈夫だと思いますが、私の部屋に戻るために通る道は、人が通ると思います。私たちがこんな時間に一緒にいることがバレたらやっかい……」
「では、こうしよう」
オルタンシア様が一瞬輝く、そしていなくなった。
――オルタンシア様が、消えた?
「オルタンシア様?」
「ここだ」
今、オルタンシア様の小さな声が聞こえた。そして足元に小さな光が。
「オルタンシア様!」
なんと、オルタンシア様が小粒になっていた。私はしゃがむと、手のひらにオルタンシア様を乗せた。
「これなら周りにも見つからないし、自分は変わらず魔法が使えるからそなたを守ることができる」
オルタンシア様は、部屋の前まで来ると私の手から降りて、建物の陰に行き、周りに人がいないことを確認した。そしていつもの大きさに戻った。
「ではまた明日」
「はい。今日はありがとうございました」
私は離れていくオルタンシア様の背中を見守る。
もっと一緒にいたかったな。でもまた明日も会えるんだわ!
空を見上げると、いつもよりも明るく輝いている満月が笑っていた。
私はメイドの新人下っ端だから、朝一番の仕事は、先輩たちが嫌がる、庭掃除の担当だった。今も早朝から庭掃除をしていた。
何故庭掃除が嫌われているかというと――。
枯葉を集め終えた瞬間、赤いドラゴンが飛んできた。ドラゴンの風圧で集めた枯葉が再び散らかる。
――またか。
「おい、お前、いつから枯葉を集めている?」
「はい、一時間ほど前から枯葉を集めております」
「それなのに、まだ全然集まってないのか?」
だって、それはさっきから皇子のドラゴンが散らかしてくるから……なんて言えるわけがないから言葉を心の底まで飲み込んだ。ブトン第三皇子は私よりも三歳年上の二十歳。だけど年上とは思えないほど言動が幼い。
「申し訳ございません」
深々とお辞儀をすると、鼻で笑いながら満足そうに去っていった。
――嫌がらせをすることでしか満足出来ないのかしら。
少し可哀想だなと感じながらそっと深いため息をつき、再び枯葉をほうきで集める。
すると今度は少女がやってきて「お姉さん、今日はどんなお話を聞かせてくださるの? あ、そうそう、召喚魔法って知ってる?」と、その子が可愛い声で聞いてきた。
この子の名はローズ。最近、庭で掃き掃除をしている時によく話しかけてくる。ふわふわで綺麗な金色の長い髪の毛がとても似合う五歳くらいの女の子。高級そうなワンピースドレスを常に着ているから、おそらく位は高い子なのだと思う。私はまだここには来たばかりで話せる相手は数少ないから、彼女と話すと気持ちが癒される。
「そうね……今日は、これからローズ様も関わることになる召喚獣についてのおはなしをしようかしらね」
「召喚獣って、未来の護衛のことよね?」
「えぇ、そうです。もう少し大きくなったら、ローズ様も召喚魔法を修得し、召喚獣と共に人生を歩まれることになると思います」
「お姉さん、私、詳しく教えてほしいわ!」
私は集まった庭の枯葉をホウキでまとめると、手を休めた。そして近くにある白いベンチの上に私のハンカチを置くと、そこに座っていただいた。
「かつて召喚獣は、戦争の道具として利用されていたのです。人対人の……一切争いには関係のない召喚獣達が戦争に巻き込まれておりました。やがて召喚獣の存在意義は変化していき、争いのない現在の我が国では、人の護衛としての役割を担うために存在しているのです。性格も凶暴だった召喚獣たちは、暮らしに合わせて穏やかになっていきました」
女の子は、手を組みながら真剣に話を聞いている。
「戦いに巻き込まれた召喚獣たちは人間と一緒にいて、嫌ではなかったのかしら」
「召喚獣にも心はあります。なので人間との性格の相性だってあります。あんまり大きな声では言えないけれど、嫌だと思う召喚獣も多くいたでしょう。今も、一緒になった人間が実は苦手と思う召喚獣もいるでしょうね……」
ちらっと私はブトン皇子が歩いていった方向を向いた。
少し経つと「あっ、呼ばれた。帰らなきゃ! お姉さん、またね」と、ローズ様は立ち上がった。
私には何も聞こえなかったけれど……ローズ様は耳がとても良いのかしら。
「えぇ、またいつでもお話しに来てください」
彼女の後ろ姿を消えるまで見送ると、掃き掃除を再開させた。再開させ少し経った時、枯葉が空に向かって渦巻き状に舞い、粉々になりながら、消えた。ただ呆然としながら空まで進んでいる枯葉を眺める。
集まったり散らかったり、そして今は粉々になり消えた。今日の枯葉は私よりも忙しそうね。
じっと枯葉の最期を見守っていると視線を感じた。後ろを向くと高身長で顔の整った、黒いローブを着ている男が魔法を使っていた。
「召喚獣に詳しいんだな? 召喚魔法を修得したいのか?」
視線が合うとその男は話しかけてきた。
「いいえ、修得したいだなんて、別に……それに、もしも召喚したいと思っていても、私は身分の低い女。なので全く無縁のお話ですから」
そう、私は召喚獣とは無縁だ――。
私は身分の高い公爵家で育った。両親共に当たり前のように護衛としての召喚獣が近くにいる日々を送っていたから、私も成人した日には魔法石を与えられ、召喚獣と一緒にいられる日々が来る。と、待ち遠しかった。
けれど アルトリア家は没落した。両親が優しい性格すぎたから、悪意ある者たちに利用され財産を隅々まで奪われた。そして代々築きあげられてきた我が家は没落した。両親共にストレスで身体が弱まり、私は家族の生活費を稼ぐために、今ここで今働いている。
もうすぐ私は成人を迎える。その時に魔法石を与えられるはずだった。
召喚獣の話なんて、メイドとして働く下流階級となった今の私には全く関係ないのだけど……。召喚獣を護衛として利用できるのは、召喚するための魔法石を配られる上流階級の人達だけなのだから。
だけど、召喚獣をお飾りのように扱う令嬢や、さっきの皇子みたいに遊びの道具として扱う人々を見ると、嫌気と嫉妬のような変な気持ちが込み上げてくる。
その男は、すっと私の右手を掴み、手のひらを上に向けさせた。すると手のひらに何かを乗せる。
――これは、魔法石?
「もしも召喚魔法を使いたい願望が少しでもあるのなら、夜中零時にあの木の下で会おう。召喚魔法を教える」
「私に、召喚魔法を?」
「そうだ」
男の人と話していると、先輩メイドふたりの視線が突き刺さってきた。先輩たちが早歩きでこっちに向かって来る。さぼっていたから怒られるかな。
「あの、私、掃除をしないと」
「あぁ、邪魔して悪かったな」
「いいえ……あの、お名前は?」
「自分の名はオルタンシアだ」
「私の名は、マーガレットです」
名前を伝えると彼は微笑みながら「知ってた」 と呟いた。
私の名前を、知っていた?
「じゃあ、待ってるからな」
オルタンシア様は去っていった。
「ちょっと、どういうことよ?」
「あのお方って、あの、優秀な召喚魔法使いのオルタンシア様よね?」
私たちの様子を眺めていた先輩メイドたち、ふたりがモンスターのような形相で攻めてきた。私は慌てて隠すように、貰った魔法石をポケットに入れた。
「あ、あの、あの方は有名な方なんですか?」
「何よ、あんたもしかして知らないの?」
「はい、何度かお見かけはしていたのですが……」
「オルタンシア様は、召喚魔法修得の講師もしていて、ここ、王家でも教育なさっているのよ。あの整った容姿端麗なお姿は令嬢たちにもとても人気があるらしくて、引っ張りだこらしいわよ」
「年齢は、私と同じくらいで、二十五辺りかしら。恋人はいないって噂よ」
恋人がいない……あんなに格好がよいのに、意外。
先輩が思い切り私を睨む。
「何故あなた方が話をしていたのかわからないけれど、身分が全く違うのだから気安く話さない方がいいわよ。だって、あの方は国の四大名家のひとつ、 ヴァロイア家の跡継ぎの噂もあり、頭脳明晰で国の未来の頭脳部分も担うとも言われているとても高貴なお方よ」
「……」
そんなに身分の高い人だったの?
そんな彼がメイドなんかの私の名前をしっていて、何故、私に魔法を教えると言っていたの?
疑問しか浮かび上がらない。
今日の夜中、どうしたらよいのかしら。
夜、約束の時間が過ぎる。
今の私に召喚魔法なんて教えてもらう資格はないわ。
私がもしもいかなくても、彼は待っているのかしら?
ずっと彼のことを考えていると目が冴えて眠れない。
結局、白い薄手のナイトウェアの上に一枚ピンク色のものを羽織ると、同じ部屋で眠っている他のメイド三人を起こさないようにそっと静かに、メイドの寮の裏口から外へ出た。
月明かりで外は明るい。
一枚羽織っては来たけれど、ちょっと寒い。はぁっと白い息で私は手を温めながら進む。
約束の場所には、小さな池がある。そこはちょうど、夜中眠れない時にたまに行く場所。その時は池の中で揺れている月の明かりを眠くなるまで眺めていた。人もめったに通らないし、結構お気に入りの場所だった。
着くとオルタンシア様は……まだいた。
「来てくれたんだ?」
オルタンシア様は月よりも輝いているように見え、まるで暗闇の世界を明るく照らしているようだった。
「来てしまいました。教えてもらえる身分ではないのに」
「いや、そんなことはない。だって、自分たちは深い繋がりがあるのだから……」
「深い繋がり……ですか?」
こくんとオルタンシア様は頷いた。
初対面のはずなのに、深い繋がりとは?
「では今日は、さっき少女に伝えていた内容と重複するが、召喚獣について伝える」
聞こうか迷っていた矢先、本題に入った。
「今日ということは、また次もあるということですか?」
「あぁ、そうだ。魔法の基礎から実践まで教えなければ使えないからな」
またこうやって会えるのかな?
この状況に、胸が高まっていた。
彼と目が合うと何か熱いものが全身を巡る。それは召喚魔法を使えるという希望からか、それとも――。
「まずは、基礎知識を――」
オルタンシア様は、昼間私が女の子に教えた、過去、そして今の召喚獣の話を簡潔におさらいとして、説明してくれた。
「それと、大切なのは人が召喚魔法を唱えた瞬間から召喚獣には、恐れや悲しみ、怒りなどの感情が召喚魔法を唱える人間から伝わるということだ」
「それを踏まえて、できるだけ優しい気持ちでいるのが理想だということでしょうか?」
「そういうことだな。早速だが、召喚獣を操る練習をしよう。魔法石は持ってきているか?」
「はい、持ってきております」
私は丁寧にハンカチに包んだ魔法石を手のひらに乗せ、彼にみせた。
「この魔法石は生徒たちが最初の練習に使うものだ。中には、穏やかな性格のカーバンクルがいる。まずは、自分が手本をみせる」
オルタンシア様が魔石をみつめ、手をかざすと魔石が虹色に輝いた。
「カーバンクルルー」と高い声と共に姿を現した、小さな兎のような狐のような姿をしたその幻獣はふわっと私の手に着地した。
「綺麗な若草色ね……カーバンクル、久しぶりに見たわ」
頬に寄せようとするとカーバンクルは自ら頬を擦り寄せてきた。ふわふわな感触が気持ちいい。
「可愛い! 人懐っこい……」
「カーバンクルは警戒しないからな。次は、マーガレットの番だ」
オルタンシア様がそう言いながらカーバンクルに手をかざすと、カーバンクルは魔法石の中に吸い込まれていった。
「私にできるのかしら……」
「できる。が、しかし最初は上手くいかないかもしれない。出てきてほしいと強く願いを込めて魔法石に手をかざすんだ」
「はい、やってみます」
左手のひらにある魔法石の前に右手を当て、目を閉じ今見たばかりのカーバンクルの姿を頭の中に浮かばせて……。
――お願い、お外に出てきてください。
辺りはしんとなる。何も変化は起こらない。すると耳元で「大丈夫だから、信じて」と、オルタンシア様の囁く声がした。
両手が温かくなってくる。
そして――。
「カーバンクルルー」と、カーバンクルの声も聞こえてきたから目を開けた。
目の前には再びカーバンクルがいた。
「最初の難関、すぐにクリアしたな。生徒たちの中で練習なしですぐに使えるのはおよそ一割ぐらいだ」
初めて魔法を使った。
魔法が、使えた。
――憧れていたけれど、無縁だと思っていた召喚魔法を。
出てきてくれたカーバンクルを強く抱きしめた。
「ただ、今そなたが使った魔力は、教育用の魔力だ。講師の自分がいる時にしか使えない。常に召喚魔法を使える状態にするには、魔法事務局が運営する試験を受け、合格する必要がある」
「では、この子を召喚できるのは今限り……」
「そうだ。合格すると常に共に過ごすことになる相性の良い召喚獣の魔法石を、数ある中から選び、その魔法石と共鳴する魔力が授けられ、正式に使えるようになるのだ」
「でも、そもそも召喚魔法は上流階級の方々しか使えないのでは?」
「例外もある」
「例外?」
「そう、それは自分が推薦した者も試験を受ける資格が与えられる」
私も、もしかしたら正式に召喚魔法が?
ゼロだった可能性が一気に跳ね上がり、期待感が増してくる。本当は、召喚獣と共に過ごす人生に憧れていた。でもそれは、推薦してもらわないと何も始まらない。
「あの、推薦をお願いいたします」
私のような地位の者が、オルタンシア様のような位の方にお願いするなんて、とんでもないことだ。けれど私は、ついお願いの言葉を吐いてしまった。
「もちろん、推薦する」
「……ありがとうございます。あの、お聞きしたいことがあるのですが、何故オルタンシア様は、そんなに私に良くしてくださるのですか?」
「――それは……」
「そなたが幸せになれるための力に少しでもなれたらいいと思ったからだよ」
オルタンシア様は私をみつめてそう言った。口角は上がっているものの、何故か目はとても切ないような、悲しみを帯びているように見える。
「あっ、むこうから人が来た」と、オルタンシア様が言うと、私を来た人たちから見えないように隠してくれた。オルタンシア様と距離が近すぎて心臓の音が早くなってくる。私は顔を上に向け、オルタンシア様に「あの、本当にまたこうやって、教えてくれますか?」と、問う。
「もちろんだ。今日は、初めての練習だから、魔力を多めに使えるようにした。本来、召喚魔法を使うための魔力は今日使った魔力の3分の1の量だ。ただ、魔力を少なくするとその分魔法を使う難易度が上がる。難易度は上がるが、慣れると簡単になる。練習して、魔力が少ない量でも簡単に使えるよう、まずは慣れよう」
「ありがとうございます」
「では、また明日。この時間、ここで待ってる」
「はい、ありがとうございます」
「マーガレット!」
オルタンシア様の元から去ろうとすると名前を呼ばれた。直接名前を呼ばれドキリと強い胸の音がなる。私は振り向く。
「部屋まで、送る」
「いえ、近いから大丈夫です。それに、ここは人が滅多に来なくて大丈夫だと思いますが、私の部屋に戻るために通る道は、人が通ると思います。私たちがこんな時間に一緒にいることがバレたらやっかい……」
「では、こうしよう」
オルタンシア様が一瞬輝く、そしていなくなった。
――オルタンシア様が、消えた?
「オルタンシア様?」
「ここだ」
今、オルタンシア様の小さな声が聞こえた。そして足元に小さな光が。
「オルタンシア様!」
なんと、オルタンシア様が小粒になっていた。私はしゃがむと、手のひらにオルタンシア様を乗せた。
「これなら周りにも見つからないし、自分は変わらず魔法が使えるからそなたを守ることができる」
オルタンシア様は、部屋の前まで来ると私の手から降りて、建物の陰に行き、周りに人がいないことを確認した。そしていつもの大きさに戻った。
「ではまた明日」
「はい。今日はありがとうございました」
私は離れていくオルタンシア様の背中を見守る。
もっと一緒にいたかったな。でもまた明日も会えるんだわ!
空を見上げると、いつもよりも明るく輝いている満月が笑っていた。



