「今どこにいるんですか」
「今?バス停」
「正門のところ?」
「うん」
「そこにいてください」

彼は耳の鼓膜を突き破りそうなほどの声で言う。

「そこで待っていてください」

彼の声の後ろから賑やかな声がする。ゲームの電子音。笑い声。彼は今、私に向かって話しかけている。

私はそっと電話を切った。

1時間に2本のバスを見送ってベンチに座っていると、晴人が息を切らして走ってきた。ニットキャップを被って。黒いハーフパンツからはみ出した細いふくらはぎに筋が浮き出る。

「お待たせしました」

苦しそうに呼吸を乱しながら彼は言う。実質10分も経っていない。

「なんで」

私はベンチから立ち上がると、彼と向かい合う。

誰もいないキャンパス前のバス停。少し街から外れたところにあるから、人通りがほとんどない。周りは学生が住むアパートばかり。きっとこの近くのどこかのアパートから走ってきたんだろう。

「金なかったんで」

彼はそう言って笑う。八重歯が見えた。

「4,000円貰えると思って」
「私給料日前だからお金ないけど」
「いくらだったらあるんですか」
「MAX5,000円」

彼は前屈みになって呼吸を整える。ハァ、ハァと呼吸の音が響く。

少し苦しそうに私を見上げた。

「じゃあ朝までですね」

彼はイタズラっぽく笑った。