「なあ、阿部 真里亜」
「ん、なあに?」

月曜日。
いつものように人事部で仕事をしていると、向かいのデスクから藤田が声をかけてきた。

「その仕事、おもしろいか?」

は?と、真里亜は目を丸くして顔を上げる。

「どうしたの?急に」
「いや、だってさ。なんか淡々とこなしてるから」
「それはだって、仕事だもん。え?仕事って淡々とこなすものじゃないの?」
「んー、そうなんだけど。なんて言うか、お前らしくない」

真里亜はますます眉根を寄せる。

「私らしくない?え、仕事するのに私らしいとかあるの?」
「お前、こっちに戻って来てしばらくは、秘書課の仕事やってただろ?」
「ああ、うん」

キュリアスの仕事に必死で取り組んでいたことを思い出す。

「休憩時間も削って、一人で残業もしてさ。最初のうちはただ、大変そうだなーと思って見てた。でも今思えば、めちゃくちゃかっこ良かったぞ、お前」
「え…?」

思わぬ言葉に真里亜は首を傾げた。

「ものすごく真剣にテキパキこなしてて、生き生きしてた。仕事が出来る人間って、こういう覇気のある人を言うんだろうなって、なんだか羨ましくなった。俺さ、お前と一緒に新卒で人事部に配属されたけど、本当はシステムエンジニアとして入りたかったんだ」
「そうなの?!」

初めて聞く話に、真里亜は驚きを隠せない。

「ああ。業界トップのAMAGIにシステムエンジニアとして採用されれば、俺の夢が叶うって思ってた。でも、結果は不採用だった。その時連絡をくれた人事部長に、どの部署でもいいからAMAGIに入りたい!って伝えたら、一般職の枠でなら採用するって言ってもらえて、入ることにしたんだ」
「そうだったんだ、知らなかった。じゃあ、システムエンジニアの夢は?」
「んー、本音を言うとまだ諦め切れてない。転職も考えたことあるし」
「ええ?!嘘でしょ?」
「本当。他社からヘッドハンティングの声がかかったんだ。システムエンジニアとしてな。でも行かなかった。たとえ人事部の仕事でも、俺にとってAMAGIは魅力的な会社なんだ。どうしても離れる気にはなれなかった」
「藤田くん…」

思いもよらなかった話に、真里亜は何も言葉が出てこなかった。

「だからさ、あの時のお前を見て、いいなーって思った。やりたい仕事に携わってるんだなって。お前、今はなんか半分魂抜けた状態でやってるだろ?」
「そ、そんなことないよ!ちゃんと仕事してるよ?」
「そうだけどさ。心ここにあらずって感じ。なあ、阿部 真里亜。俺さ、もう一度システムエンジニアの道、目指してみる」

えっ?!と、真里亜は驚いて目を見開く。

「他社に行くってこと?」
「いや、違う。AMAGIのシステムエンジニアを目指す。AMAGIでなければ、システムエンジニアになる意味がない。俺にとってはな。だから、社内テストみたいなのを受けさせてもらえるように、色んな所に掛け合ってみるよ。どんな方法でも片っ端から当たってみる。そして必ずここで、システムエンジニアになってみせる」

なんてかっこいいのだろう。
夢の為に決意を固めた藤田は、真里亜の目に眩しく映る。

「すごい。すごいね、藤田くん。応援する!必ずなれるよ。頑張ってね!」
「ああ。だからお前も、自分の一番やりたいことをやれ。自分らしく輝ける仕事をな。そしていつか、一緒に同じチームで仕事しよう」
「私の一番やりたいこと…」

真里亜の心の中に、夏の出来事が色鮮やかに蘇る。
皆で力を合わせて取り組んでいた、キュリアスのチームでの仕事。

「藤田くん、ありがとう!私ももう一度、あの場所に戻るね」
「ああ」

二人は笑顔で頷き合った。