五代君はスポーツタオルを首にかけ、体育館の出口へ向かって歩いていた。

野乃子が小走りで五代君に声を掛ける。

「あのぉ」

五代君が無言で野乃子の方に振り向いた。

「練習試合、お疲れ様でしたぁ!」

野乃子がぺこりとお辞儀をした。

「・・・あんた、誰?」

「・・・2年C組の杉原野乃子・・・です。」

言葉尻が小さくなった野乃子に私は小声で「が・ん・ば・れ」と囁いた。

その時、五代君の視線が私を捉えた。

長い前髪から覗くその澄んだ瞳に、その強い眼差しに、私の胸がどきんと音を立てた。

私はあわてて五代君から視線を外した。

「これ、手作りクッキーです。食べてください!」

野乃子が五代君に紙袋を差し出した。

「・・・杉原が作ったの?」

五代君が手渡された紙袋を持ち上げ揺らしてみせた。

「えっと・・・はい。そうです。」

「ふーん。どうも。」

そう言いながら、五代君はまたもや私に視線を合わせた。

「じゃ、じゃあっ。五代君、バスケ頑張ってください!」

野乃子が早口でそう言い帰ろうとすると、五代君が後ろから野乃子を呼び止めた。

「あのさ。一応確認させてくんない?」

「は、はい!」

野乃子が顔を赤くしながら振り向く。

「これ、何味のクッキー?俺、ジンジャーとか抹茶は食えないんだけど。」

「・・・えっと・・・」

言い淀む野乃子に、ハラハラしながらそれを見ていた私は、思わず口を挟んだ。

「それ、チョコレートクッキー!・・・です。」

「なんであんたが答えるの?」

五代君は不思議そうな笑みを浮かべながら、私の顔を凝視した。

「それは・・・さっきそう野乃子が言ってたの聞いたんです。」

「ふーん。そうなんだ?」

そうつぶやくと、五代君はクッキーの入った紙袋をまじまじと眺めた。

その人を小馬鹿にしたような態度に、内心腹を立てながらも、私は小さく笑みを浮かべながら言った。

「食べたくないのなら、無理に受け取ってもらわなくてもいいです。ね?野乃子。」

「えー・・・」

野乃子の不満げな顔に構わず、私は野乃子の手を引っ張り帰ろうとした。

そんな私の背中に、五代君の声が響いた。

「本当はあんたが作ったんじゃないの?一宮皐月さん。」

フルネームを呼ばれ、私は驚いた。

五代君と話すことはおろか、顔を合わせたのも今日が初めてだというのに、どうして私の名前を知っているのだろう?

「一宮皐月。2年C組のクラス委員。成績優秀、品行方正、歩く生徒手帳と陰で囁かれている。趣味はお菓子作り。彼氏はナシ。父親と二人暮らし。」

「!!」

どうして私の家族構成まで知ってるの?

両親が離婚してパパと二人で暮らしていることは、担任教師とあずみくらいしか知らない筈なのに。

「なんで私の事・・・?」

「さあ?なんでだろ。」

「・・・・・・。」

固まってしまった私に五代君は肩をすくめた。

「ちなみに俺、一番好きな味はプレーンだから。覚えといて。」

それは野乃子に言ったのか、それとも私への捨て台詞・・・?

五代君はそれだけ言い残し、クッキーの入った紙袋を掲げて大きく手を振ると、私達の前から立ち去った。