日曜日の午後。

エプロンを付けた私と冬実さんは、シュークリームを作るために、キッチンで忙しなく手を動かしていた。

オーブンシートを敷いた天板に、シュー生地を丸口金の絞り袋に入れて直径4cmに絞る。

霧吹きで表面に霧を十分にふき、水分を与える。

190℃のオーブンで20分、生地が十分にふくらんだら170℃にして15分焼く。

「上手くシュー生地が膨らむかしら。」

オーブンの窓から心配そうに中を覗きこむ冬実さん。

「手順通りに作ればちゃんと出来上がるから大丈夫ですよ。」

私は冬実さんを励ますように言った。

「そうね。じゃ、焼きあがるまでお茶でも飲んで待ちましょ。」

「はい。」

「そうだ。お友達に貰った紅茶があるの?皐月ちゃん、紅茶は好き?」

「大好きです。」

「今、入れるから待っててね。」

そういって紅茶をポットからカップへ注ぐ冬実さんの背中を眺めた。

スレンダーなのに出るとこはしっかり出ていて、大人の女性の色気を醸し出している。

これで美人なのだから、パパがメロメロになるのも納得だ。

しばらくすると冬実さんは私の前に紅茶の入ったカップを置き、自分の分もテーブルに置いた。

私と冬実さんはダイニングテーブルに向かい合って座り、湯気の立った紅茶を啜った。

「ん!美味しいです。それにとってもフルーティなフレーバーですね。」

「ほんとだ。美味しい。」

ひとしきり紅茶の味を堪能すると、冬実さんが私の顔をまじまじと見た。

「そんなにみつめられると照れちゃいます。」

私の言葉に冬実さんが柔らかく微笑んだ。

冬実さんの笑顔は廉のそれととてもよく似ていた。

「皐月ちゃんって圭亮さんによく似てる。特に目元が。」

「そうですか?」

どうやら冬実さんも私と同じことを考えていたらしい。

「あの・・・」

私は遠慮がちな声で冬実さんに尋ねた。

「この前・・・パパと喧嘩してたみたいですけど、もう仲直りしたんですよね?」

「ああ・・・うん。皐月ちゃんにはバレていたのね。」

冬実さんは恥ずかしそうに肩をすくめた。

「私だけじゃなくて、廉君も気付いてました。」

「そう・・・。心配かけちゃったわね。ごめんなさい。」

そう言って頭を下げる冬実さんに、私は両手を振った。

「いえ!ふたりが仲直りしたならそれでいいんです。」

「あれはね・・・私が悪かったの。」

「え・・・?」

冬実さんはカップに口をつけ、一口紅茶を飲むと、目を伏せた。

「私は前の夫と死別したの。それは聞いてる?」

「はい。パパから・・・」

「前の夫は星が好きだったの。だから私も星が好きになって・・・よく一緒にプラネタリウムに行ったわ。それで・・・ちょっと前に圭亮さんにプラネタリウムへ行こうって誘われたんだけど、なぜか私断ってしまったの。前の夫、誠一郎さんとの思い出の場所へ圭亮さんと行くことにためらってしまったのね。そしたら圭亮さん、君の心はまだ誠一郎さんへの想いが強く残っているんだね、って拗ねちゃって。」

「プラネタリウム・・・星・・・」

そういえば廉は冬実さんが星を好きだと言っていた。

でもすぐにそれを怒ったように打ち消してしまったのは何故だろう。

「たしかに私の中には誠一郎さんとの思い出が沢山詰まってる。私はその想いもずっと大事に持っていたい・・・・・でも、これからの人生は圭亮さんを愛し、そして廉と皐月ちゃんと、一緒に生きていきたいって本気で思っているの。それだけは信じて欲しい。」

「きっとパパは嫉妬したんです。その誠一郎さんに。パパは気に障ると子供みたいにすぐ拗ねちゃうんです。だからあまり気にしなくても大丈夫です。」

私の言葉に冬実さんは「ありがとう。皐月ちゃん。あなたみたいな良い子を娘に持てて私幸せだわ。これは嬉しい誤算ね。」と目を細めた。

「廉君もお父さん・・・誠一郎さんと仲が良かったんでしょうか?」

私の質問に冬実さんが頷いた。

「ええ。廉は小さい頃からパパっ子だったの。一緒に釣りに行ったり、キャッチボールをしたり。誠一郎さんは野球をやっていたから、廉もその影響でリトルリーグに入っていたんだけど、いつの間にかバスケの方に興味が移ってしまったようで。」

「・・・そうなんですか。」

廉はどうして野球を辞めて、バスケをするようになったんだろう?

廉についての疑問が次々と湧き上がる。

そのときシュークリームの生地が焼き終わったことを知らせるオーブンの音が鳴った。

「どれどれ。上手く出来ているかしら。」

オーブンから鉄板を引き出すと、ふんわりとシュー生地が綺麗に焼けていた。

「ここからが正念場ですよ。中にカスタードクリームを入れなきゃ。」

「そうね。圭亮さんや廉がびっくりするほど美味しいシュークリームを作りましょ。」

私と冬実さんは顔を見合わせて腕まくりをした。