それから一か月経った5月の小雨降る日曜日、冬実さんと廉は一宮家に越してきた。

パパと冬実さんは事実婚を選んだ。

よって冬実さんと廉の苗字は五代のままとなった。



私は廉の部屋の扉をコンコンと二回叩いた。

「はい。」

「開けていい?」

「どうぞ。」

部屋の中から廉の声が聞こえ、私は大きく深呼吸をしてからその扉を開けた。

男子の部屋に入るのなんて初めてだから、なんだか緊張してしまう。

廉は段ボール箱から書籍を取り出し、それらを本棚に納めている最中だった。

私はこの新しい義弟と、なんとか仲良くなろうと努めることに決めた。

それには自分から積極的に動かないと・・・。

「お疲れ様。雨の中、大変だったね。」

私はそう言ってにっこりと微笑み、手に持っていたペットボトルのコーヒーを廉に手渡した。

「サンキュ。」

廉は素直にそれを受け取ると、ボトルのキャップを開け、喉を潤した。

「改めまして・・・一宮皐月です。ふつつかな義姉ですが、これからよろしくお願いします。」

私がそう言ってお辞儀をすると、廉が笑い出した。

「ははっ!ふつつかな・・・ってなんだか嫁にきたみたいだな。」

「ちょっ・・・私は真面目に」

「やべ。なんかツボにはまった。」

憮然とする私が押し黙っていると、ようやく廉の笑いが収まり、畏まった顔になった。

「五代廉です。ふつつかな義弟だけどヨロシク。」

廉は片付けの手を止めて、私と向き合った。

私はコホンと咳ばらいをし、態勢を整えた。

「なんだか改めて言うと照れちゃうね。」

私はそう言って目を細め、何気なく廉の本棚に目を向けると、バスケ関連の本や漫画で大半は埋め尽くされていた。

どこかの大会で貰ったのであろう、金色の小さなトロフィーも飾られている。

「家の中のことで判らないことがあったら、なんでも聞いて。」

「了解。」

「ウチは朝ごはんはパンなの。廉の家はどうだった?」

「ウチはご飯。母さんが和食が好きだから。でも俺は食わないけど。」

「え?朝ごはんはちゃんと食べなきゃ。頭が働かないよ?」

「・・・さすがクラス委員。保健室の先生みてえなこと言ってる。」

廉は皮肉っぽい笑みを浮かべた。

私はその皮肉をやり過ごし、なんとか会話の糸口をみつけようと躍起になった。

「えっと・・・廉のお母さん、冬実さんってどんな人?優しくて美人で品がいいのは見て判るけど。」

「別に。普通の母親だよ。」

なんでもいいから廉と冬実さんのエピソードを聞きたかった私は少しがっかりした。

気を取り直して、私はこの間体育館で話したときのことを話題にした。

「私のこと、冬実さん経由で聞いていたんだね。この前は、何で私なんかのこと知っているんだろうってびっくりした。」

「いや。違うよ。母さん経由じゃない。」

「え?」

「皐月、男子の間で結構噂されてるんだぜ?控えめだけど誰にでも優しくて可愛いって。知らなかった?」

「う、嘘でしょ・・・?」

「そんなこと嘘ついたって仕方がないだろ?人気者の義姉さんを持って、俺も鼻が高いよ。」

「・・・そのことなんだけど。」

私は廉のベッドの上に腰かけた。

「学校では私とあなたが義姉弟だってことを隠しておかない?苗字も別なことだし。」

「なんで?」

廉が不思議そうな顔を私に向けた。

「だって廉、すごくモテてるでしょ?あなたのファンの女の子に嫉妬されるのはちょっと嫌かなって。もちろん廉とは家族として仲良くしたいと思ってる。でもそれとこれは別っていうか・・・。」

伏し目でそう言う私に、廉はにやりと笑った。

「いいよ。じゃ俺達は秘密の関係ってことで。・・・そうだ。俺からも皐月に頼みがある。」

「なに?」

「皐月と一緒にいた女子・・・杉原って言ったっけ?あの子と俺をくっつけようとするのやめてくんない?迷惑なんだよ。」

苛立ちを隠そうともせず、そう言い放つ廉に私はビクッとした。

「あ・・・そうだったんだ。ごめん。でも野乃子はいい子だよ?」

「いい子ってなに?いい子だからつき合えって?」

「そうは言ってないけど。」

廉は大きくため息をついた。

「モテてるって言うけど、あいつら俺の何を知ってるわけ?見た目だけで自分勝手な幻想を抱かれるこっちの身にもなってくれよ。俺、女と付き合う気なんかさらさらないから。」

廉の口から放たれる辛辣な言葉の数々が自分に言われているようで、私は何故か胸がずきんと痛んだ。

「じゃあ、私と話すのも嫌?」

私の言葉に廉は小さく笑った。

「皐月は別だよ。だって義姉弟だろ?」

「良かった。あなたと私が仲違いしてたらパパや冬実さんが気にする。だから私はあなたと仲良くしたいなって思ってる。」

「俺もそう思ってるよ。じゃあ、お近づきの印に。」

廉は段ボール箱から四角く薄いケースを取り出すと、私に手渡した。

それは英国の女性ロックシンガーのCDだった。

「俺の気に入ってるアルバム。良かったら聴いてみてよ。特に3曲目の歌。」

「・・・ありがとう。聴いてみる。」

「これからよろしく。義姉さん。」

「だから義姉さんはやめってってば。」

「はははっ。」

部屋に帰った私は早速廉から貸してもらったCDを聴いてみた。

その女性シンガーの声は甘くハスキーで、私の鼓膜に心地よく響いた。

廉おすすめの3曲目は、「君をずっと想っている」と大切な人に捧げる切ない恋の歌だった。

廉はこの曲を、噂の恋人を想って聴いているのだろうか?

私の心に小さなさざ波が立った。