「すっ、進みましょう…!」
「あぁ…そうですね」
ギクシャク歩くあおいと、何事もなく歩く和真。
進んで行くにつれて、自由に泳ぎ回る魚たちに癒されていった。
クラゲの水槽を二人で覗き込み、漂っているクラゲの動きを追う。
「クラゲは水の中だととても美しいのに…刺されると厄介なのが残念です」
「でも、クラゲの足ってフワフワに見えて、本当に綺麗ですね」
「足じゃなくて腕です。色がついている糸状の部分は、触手ですよ」
あおいの言葉を訂正するだけではなく、正しい知識を教える和真。
つい口を出してしまったことで、雰囲気を崩したかと思った和真は、謝ろうと口を開いた。
「和真さんすごい!詳しいんですね!私、ずっと足だと思ってました」
和真の知識に感心したあおいは、笑顔になると改めてクラゲを見る。
「じゃあ、クラゲもちゃんと腕を使って泳いでいるんですね。私たちと同じだ」
あおいの言葉を聞いた和真は、クラゲへ視線を戻す。
暗い中でも、反射して見えるあおいの笑顔に、和真は自分が軽くなったような感覚を感じた。
…―
それから、出入り口のゲート前に戻ってくると、腕時計で時間を確認する和真。
時間は、10時40分近く。
「そろそろイルカショーの席を取りに行きましょうか」
「はい。あ、えっと…その前にお手洗いに行ってきていいですか…?」
「もちろんです。僕はあそこで待ちます」
和真が指をさした方向に、海が見える大きなガラス窓があった。
しっかり確認をしたあおいは、頷いてから小走りでお手洗いへ向かう。
あおいを見送った後に、和真も移動すると窓に寄りかかって息を吐く。
「ふー……」
ポケットからメモ用紙を取り出して、ジッと見つめていた。
手を洗っていたあおいの隣で、女性客のグループが盛り上がる。
ハンカチを咥えて洗い続けるあおいの耳に、ある話題が入ってきた。
「ねぇねぇ!さっき、めっちゃイケメン見た!!あれはレベルが高い!!」
「どんな人?髭生えた渋い系のオジサンとかやだよ~?」
「全然若い!!海が見える方のガラス窓の前に立ってるの!一人でいたけど、絶対彼女と来てるよね~。いいなぁ…」
いつしか手が止まっていたあおい。
グループ内で話題にされている内容に、聞き耳を立てていた自分が恥ずかしくも感じる。
すでに洗い終わった手をハンカチで拭きながら、お手洗いを出た。
(…和真さんのこと…かな~?他にも男の人がいたら違うけど…)
あおいは、悶々とする感情を抱えながら、和真が待っている場所へ歩いて行く。
ゲート前に近づくにつれて、通り過ぎる女性客たちがキャッキャッと騒いでいた。
すると、あおいの後ろから先ほどの女性客のグループが、追い越していく。
「ほんとに行くの?無理じゃない?」
「MINE交換くらいしてくれるよ!イケメンと遊べたらラッキーじゃん」
グループの後ろからついて行く形で、進み続けるあおい。
ようやくゲート前にたどり着くと、女性客のグループは和真の方へ向かった。
盛り上がる声を聞きながら、あおいの目に和真が写る。
(…あんなイケメン…騒がれて当然だよ…。和真さんは代役の私に、気を遣って連れてきてくれただけ…)
他の女性を魅了する容姿を持つ和真を改めて認識したあおいは、なぜ自分に気を遣ってくれているのか…わからなくなりそうだった。
(本当なら、お姉ちゃんが奥さんで…美男美女夫婦として騒がれてたんだろうなぁ…)
あおいは足を止めると、女性客のグループが和真に話しかけている様子をボーっと見ていた。
その光景にとても息が詰まりそうな気持ちに蓋をする。
(……きっと和真さんは…)
顔を上げた和真と視線が合った。
心臓が跳ねる音に、あおいの考えがかき消される。
女性客のグループが話しかけているにも関わらず、すり抜けた和真は笑顔を見せて、あおいに向かって手を挙げた。
「あおいさん」
初めて見る和真の満面の笑顔に、あおいは驚きと共にドクドク聞こえる自分の心音を感じ、なぜか嬉しさを感じて泣きそうになった。