「これにサインしてくれるなら、空くんと一緒に帰れますよ。まあ、帰るのは僕の住んでるマンションになりますけど」

「は?そんなの、書くわけが……」

理沙が首を横に振ると、律の瞳から光が消える。彼は「こんなことしたくはなかったんですけど」と空の方に向かい、ポケットから何かを取り出した。袋に入ったクッキーである。

「このクッキー、ナッツが入ってるんです。すごくおいしいんですよ。空くんもきっと気に入ります」

「やめて!!空がナッツアレルギーだってこと、あなたが一番知ってるでしょ!?」

理沙は大声で叫ぶ。空のナッツアレルギーは酷く、少しの量でもアナフィラキシーショックを起こしてしまうのだ。苦しんでいる空を見たことがある理沙は泣きながら訴える。

「やめて!お願いします……やめてください……」

「なら、どうするべきかわかりますよね?空くんが死ぬのは嫌でしょう?」

理沙に残された道は、婚姻届にサインをすることである。サインをするということは、自分の人生を律に売り渡すということだ。しかし、迷っている時間はなかった。

「サイン、します……」

理沙がそう言うと、律は幸せそうに「家族にようやくなれますね」と理沙が癒しを感じていたあの笑顔で言った。