龍は千年、桜の花を待ちわびる

本来なら私はここに居るはずのない存在。

それに、向こうの世界での私の人生がまだ残っている。捨てられないものも、沢山ある。

その思いは、こちらの世界に召喚された当初から変わっていない。


例え、皇憐と離れることになろうとも。


「皇憐のことはいいの?」
「……よくは、ないんだけど…。でも…、私たちは、今はもう…違う世界の人間だから…。」
「…うん。」


私たちは無言で朝焼けを見つめた。冬の澄んだ空が綺麗で、このまま時が止まればいいのになんて思ってしまう。


「自由に、向こうの世界と行き来できたらいいのにな…。」
「それは厳しいな…。自然の摂理に反してしまうからね…。」
「そうだよね…。」
「でも、多分時間の流れの速さが全然違うと思うんだ。」
「え…?」


時間の流れの速さが違う? ということは、もう向こうではかなりの時間が経っている可能性もあるということだろうか。


「結、こっちに来てからどれくらい経った?」
「えっと…、3週間くらい…かなぁ…。」
「僕がこっちに来たのは、3月8日の19時頃。結は?」
「同じ日の、多分17時くらい…。え? そんなに違うの?」
「10日で1時間ってところかな?」


そんなに違うなんて…。


「せっかくならさ、あと1ヶ月くらいこっちに居ない?」
「え…。」
「僕の術でいつでも帰れるっていうことは先に伝えておくね。この感じだと、1ヶ月もすれば春になりそうだし。……桜を、見てから帰ろう。僕もこっちでやりたいことがあるし。」


桜を…見てから…。


「結が召喚されたの、向こうで気が付いたんだ。場所が結構近かったから確認しに行って、鞄は回収済みだよ。携帯の電源も切らせてもらった。だから、ちょっと1人になりたい気分だった〜とか言って連絡して帰れば、思春期だからってことで片付きそうじゃない? 怒られはすると思うけど。」


そう笑う秀明に、苦笑を漏らした。


「確かに大目玉は喰らいそうだけど、それで済むなら…、桜…、見て帰りたいな…。」
「よし、決まり!」


またこの世界で桜を見られるなんて。

秀明が言っていた『残りの奇跡』とは、きっとこのことだ。桜琳の記憶を取り戻した今となっては、何もかもが贅沢に感じる。


(また皇憐と一緒に桜を見られるなんて…夢にも思わなかった…。)


「このことは後で皆が起きたら話そう。」
「うん。」
「1ヶ月、もしかしたら退屈かもしれないけど…、この世界を満喫しよう。」
「うん!」


もう怨念という懸念もない。1ヶ月伸び伸びと過ごそう。今は退屈こそ、最高の贅沢だ。