龍は千年、桜の花を待ちわびる

机に突っ伏したり、床に倒れ込むようにして寝たり、いい年した人たちが何て有様だ。

私は苦笑すると、静かに部屋を出た。


「っ…寒っ…!」


あまり外を見ずに出て来たため、扉を閉めて振り返って驚いた。


「雪で真っ白…。」


成仏の儀式を行った際は雪が降る気配すらなかったというのに、いつの間に。


宴会用に用意された部屋は蓮池のすぐ側だったため、目の前には蓮池が広がっている。

白銀の世界の中、空が虹色に染まっていた。


「綺麗な朝焼けだね。」


突然聞こえた声に驚いて振り返ると、寒そうに肩をすくめた秀明が居た。


「寝ないの?」
「いやぁ、あんな儀式の後だからアドレナリン出ちゃってるみたいで。目が冴えちゃって…。」
「あはは、秀明からそんなカタカナ言葉が出てくるの、変な感じ。」
「こうしてここに居るとそうかもね。結は? 寝ないの?」
「私も同じ、かな。」


私たちは苦笑すると、そのまま部屋の扉前の段差に腰掛けた。


秀明は皆に合わせて、私を『結』と呼んでくれるようになった。

秀明は今更であること、何より『秀明』という名前を向こうでもペンネームとして使っていることから、そのまま『秀明』と呼ばれることになった。


「まだ夢を見ているみたい。皆でまたこうしてここに居るなんて…。」
「僕もだよ…。旅をしてみて、どうだった?」
「楽しかった! 何より皇憐がチートすぎて、すっごく快適で。」
「そっかそっか、それなら良かった。」


柔らかく笑う秀明は、昔と変わらないままだ。


「……人口が、増えてたよ。」
「うん。」
「あの頃、私たちが理想としてた国になってたよ。」
「うん。」
「…皆、笑顔で暮らしてた。まだまだ不便だけど!」
「うん。」
「文明が全然発展してなかったのは、ちょっと残念ポイントかな! 1000年も経ったのに。」


そう言うと、秀明は吹き出した。


「だって、ガスも水道も電気もないの!」
「島国で鎖国もしていたとはいえ、日本だって今の技術を獲得するまでに2000年近くかかってるんだ。200年前なんてまだ刀使ってるからね?」
「確かに、それもそっか。」
「これからだよ、きっと。」
「そうだね…。」


その『これから』を、私たちが見ることはない。そもそも今ここに居ること自体がイレギュラーなのだ。

自分たちが死んでから1000年も未来の国を見られて、しかもそれが理想通りの国だなんて。

十二分に最高の贅沢だ。


「私たち、この後すぐ帰る?」
「……結は、ここに残らなくていいの?」
「……うん。『この世界の私』は、もう死んだから。あるべき場所に、帰らないと。」
「……そっか。」