龍は千年、桜の花を待ちわびる

翌日の早朝、私たちは宮殿を出発した。

今回は見送りはなしだ。空は儀式の準備を、金言と焔はどうにか封印の力になれないかと試行錯誤しているようだ。


「結、問題はないか?」
「うん!」


馬を走らせながらそう問いかける水凪に頷いて見せる。桜琳だった頃に乗れるようになっていてよかった。

不思議なもので、結としては初めての乗馬であるにも関わらず、問題なく乗りこなせてしまった。

例えるなら自転車のようだ。長期間乗っていなかったのに、体が覚えているとはこういうことか。


「そうか。」


水凪は微笑むと、そのまま視線を前へと戻した。

水凪がいてくれてよかった。あのままでは1人で暴走して、余計に時間がかかってしまっていたに違いない。


「空が昨日のうちに、木通に『風の知らせ』を送っている。途中で会えるかもしれぬな。」
「そうだね…!」


途中で会えれば大幅な時間短縮になるだろう。

ただ、頼みの綱の秀明が居ない。

このままではどうしようもない。再封印も出来なければ、成仏なんて(もっ)ての(ほか)だろう。
秀明を信じてはいるものの、こんな状況下ではどうしたって不安になってしまう。


--『秀明…、本当はもうここに居る…。本当は、結と同じ頃、自分で来るって…。』
--『秀明の奴はどこで何やってんだ、ったく…。』


まだ秀明はこの世界に来ていない。

来たらきっと皇憐が気付くだろうし、それがなかったということは、秀明はまだこの世界へ来ていないと考えていいだろう。


あの言い伝えは、秀明の思い描いた通りになっているはず。そうだとすれば、秀明も必ず現れる。間に合わせてみせるはず。


私は手綱を握る拳に力を込めた。


(ただ、信じることしかできないなんて…。)


まるで桜琳だった頃に戻った気分だ。


--『奇跡を起こしてあげるよ。また1000年後に会おうね、皆で。』


かつての秀明の言葉を思い出して自分を無理矢理奮い立たせる。

あの頃とは違う。また皆で会うために、今回は私も国中を旅してここまで来たじゃないか。


そう自分を奮い立たせるものの、どうしても不安が顔に出てしまっていたようだ。


「結。今回、なぜ私が来たか分かるか?」
「え…?」
「ふふ、そなたは本当に変わらぬのだな。」


突然そんなことを言われて、私の頭の中はハテナでいっぱいになった。


「? 私を見ていられなかった…とかじゃなくて?」
「もちろんそれもある。だが、それだけではない。」
「?」


不安でいっぱいの頭を必死に(ひね)ってみるも、該当しそうな答えは見当がつかない。

間が1000年も開いているにも関わらずの問いだ。桜琳だった頃から続いている『何か』があるということだろうか。


「ふふ、そなたはそのままで良い。」
「?」


私は首を傾げた。

けれど、今の会話のおかげで少し気が紛れた。あともう少し、踏ん張れそうだ。


「水凪。」
「なんだ?」
「ありがとう。」
「さて…、なんのことだかさっぱり分からぬな。」


そう微笑む水凪に微笑み返して、私たちは東の街への道を急いだ。