龍は千年、桜の花を待ちわびる

そう言うと、皇憐はその場から姿を消した。

まるで幻だったかのように、透明になって消えてしまった。


すると途端に、先程まで漏れ出ていた黒い靄が収まった。中から皇憐が抑え込んでいるんだろう。


「空。再封印も成仏も、基本の準備は同じだよね?」
「…うん、多分…。」
「準備、しておいて。私、木通の所に行ってくる…!」


零れそうになる涙と震える唇を何とか抑えて、私は廟を出た。胸いっぱいに空気を吸い込んで歯を食いしばる。

泣いている場合じゃない。この国を守るためにも、今は動かなければ。


方向は分かるし、幸い東の街は各地方の街の中でも最も首都に近い。


「結!」


与えられた部屋へと向かう私の手を掴んで引き留めたのは、水凪だった。


「…無理を承知で言うが、落ち着くのだ。」
「落ち着いてる、つもりだよ。」
「私には到底そうは見えぬのだ。私もともに、木通のもとへ行こう。」
「えっ…。」


思わぬ提案に俯いていた顔を上げると、水凪は優しく微笑んだ。


「そなた、馬は乗れるか?」
「多分…体が覚えてれば…。」
「うむ。では、明日の早朝に出発しよう。馬で駆ければ明日のうちに着くはずだ。」
「水凪…。」


確かに落ち着いていなかった。馬を使えば間違いなく早く着ける。

……でも、それって今までの旅も同じ…はず…。


(まさか…。)


私は思わず口を覆ってそのままその場にしゃがみ込んだ。

桜琳としての記憶を失っていた私ならともかく、皇憐がこんな簡単なことに気が付かなかったはずがない。
周りだって、本当は気付いていたはずなのに、きっと皇憐の邪魔をするまいと…。


「っ、馬鹿…。」


耐え切れずそう漏らすと、同時に耐えていた涙も零れてしまった。


もっと早く皆を集めていれば、あんなに苦しまずに済んだかもしれないのに。

あんな箱の中に、もう戻らなくてもよかったかもしれないのに。


「…そなたは、桜琳であった頃から仕草まで変わらぬのだな…。」


ふと頭を撫でられる感覚がして顔を上げると、微笑んだ水凪と目が合った。


「初めて“そなた”の泣く顔を見られた気がする。」


そう微笑みながら私の頭を撫で続ける。

言われてみれば、桜琳であった頃、皇憐や秀明、愛李以外の前で泣いたことはあっただろうか。


「今は信じようではないか、私たちの仲間を。」


グッと涙を拭うと、私は何度も頷いた。