龍は千年、桜の花を待ちわびる

座敷へ案内されて各々腰を落ち着けた途端、皇憐が険しい表情で焔に言った。


「焔、さっきの女は人間だよな…?」


突然何を言い出すんだと慌てて皇憐の腕を掴んだ私を、焔はそっと制した。


「そうだ。」


私は皇憐の腕から手を離すと、ただ会話の行方を見守ることにして焔を見つめた。


「遊びなのか? それとも、…本気なのか?」
「……。」


焔は少し困ったように笑って私と皇憐を交互に見た。


「本気だ。……俺なりに。」


そう言うと焔は立ち上がり、私たちに背を向けた。そして背後にあった障子戸に手をかけた。


「俺は『愛』を受けて育ってこなかったから、愛がよく分からない。だから皇憐、お前の気持ちが当時は分からなかった。」


そう言いながら戸を開けると、縁側とその先に庭が広がっていた。


焔に目線で促され縁側に出て息を飲んだ。

美しい庭の中に、沢山の木簡が立っている、あれは恐らく、『墓標』だ。


「 この街に定住するようになって、初めて『愛し合う』という素晴らしさを知った。そして、失う辛さを知った。」
「…キツかったろ。」
「想像を絶するものだった。けれど、人を愛し、愛し合うことを止められなかった。」


墓標は数十はあった。いや、100以上だろうか。

これは、焔が人を愛し愛され、失った数ということなのか。こんなの…辛すぎる。


「なんでだ。精神ぶっ壊れなかったのか?」


(いぶか)しげに訊ねる皇憐に、焔はただ墓標を見つめて言った。


「なぜだろう。けれど、愛の素晴らしさを教えてくれたのは結、お前だ。そして愛し合うことの素晴らしさを教えてくれたのは彼女たちだ。」


優しく微笑む焔を見て、理解した。焔を変えたのはきっと、これまでに焔が愛した彼女たちなのだと。

私はなんだか嬉しくて、そっと手を合わせた。


(ありがとう。)


そんな私を見て焔は微笑みを、皇憐は苦笑を浮かべていた。


「そういや、彩雲は元気か?」
「あぁ。今頃市場での買い物を終えて走って帰って来るはず。」


焔がそう言い終わるや否や、部屋の戸が勢い良く開いた。


「こ、皇憐様! 桜琳様! ほ、本当にいらした…!」


彩雲は部屋に入ると、勢いそのままに最敬礼の姿勢をとった。本当に走って来たのだろう、肩が激しく上下している。


「本当にまたお会いできるなんて…!!」
「あはは、落ち着いて、彩雲。」


そっと彩雲の肩に触れると、顔を上げた彩雲の顔は涙でグチャグチャだった。


「お前も相変わらずだな。」


嬉しそうに笑う皇憐を見て、彩雲はまた涙を零した。


彩雲は宮殿へは同行しないとのことだったので、本来であればすぐ首都へ発つところを1日焔の家に厄介になってから発つことにした。


そして聞けば、彩雲にも()い人がいるらしい。

皇憐はそれを聞いて「お前も偉くなったなぁ」とニヤニヤしていた。