龍は千年、桜の花を待ちわびる

「やっぱダメか?」
「ダ、ダメじゃないけど…!」


いつもなら部屋の対に配置されている干し草ベッドが、隣り合わせになっている。きちんと間は離れているし、手を伸ばしても届かない距離だ。

……でも、寝顔は見える。


「このくらい許せ。」


桜琳としての記憶が戻った今、皇憐の気持ちがよく分かる。

本当は触れ合いたい。

『桜琳』ではなく『結』である今、(かせ)となるものは本来もう何もない。


けれど私たちは使命の途中。一刻を争う今、そんなことに(うつつ)を抜かしている場合ではないのだ。


「分かった!」


ヤケクソでそう言うと、私は布団に潜り込み皇憐に背を向けた。


「もう寝るか?」
「沢山寝て回復して、頑張って進まないと!」


国の命運がかかっているんだ。

かつて桜琳(わたし)が愛した国。そして、今となっては皇憐が1000年も孤独と戦いながら守ってきた国でもある。


最初は訳も分からずただ流されるままに始まった旅だった。けれど、もう他人事じゃない。


「俺も寝るかな。」


皇憐もベッドに入った気配がして、やがて焚き火が消えた。灯りは遠くの壁に設置された松明だけ。


(…でも…やっぱり、さすがにこれは…。)


いつもなら疲労困憊ですぐに寝てしまうところだが、さすがにこの距離感は心臓に悪い。緊張してしまって、とても眠れそうにない。


そっと皇憐の方を振り向くと、薄明かりの中で皇憐と目が合ってしまった。

慌てて目をそらすも、眠れていないことはもちろんバレてしまっていて。


「どうした…?」
「な、何でもない…。」
「嘘つけ、いつもだったらすぐ寝るだろ。」


そう言われてしまうと何も言い返せない。皇憐への気持ちを自覚してからも、距離が離れていたこともあって疲労に負けてすぐに眠っていたのだから。

私はモゾモゾと皇憐の方に寝返りを打つと、布団で目以外を隠した。


「なんか、緊張しちゃって…。」


あぁ、私の馬鹿。何を素直に言っているんだ。

そんな私の言葉を聞いて、皇憐はフワリと優しく笑うと、私に向かって手を伸ばした。


けれど、その手は私に全く届かない。


「今さら何に緊張してんだよ。っつか、昔はむしろ安心したように眠ってただろ。」
「そ、そうだけど…!」


昔と今では、やはり何かが違うのだ。

私はおずおずと布団から手を出すと、伸ばされた皇憐の手に向かって自分の手を伸ばした。


精一杯腕を伸ばしても、指先が微かに触れ合う程度。それがまたもどかしくて切なくて。でも、同時に幸せで。


「…早く、本体に戻りてぇな。」


皇憐から漏れた本音に思わず涙腺が緩みそうになった。切ないのは、私だけじゃない。むしろ皇憐の方が…。


「…とにかく、早く皆を集めよう。」
「そうだな…。」


私たちはそっと手を引っ込めると、そのまま眠りに就いた。