龍は千年、桜の花を待ちわびる

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あれから数日が経った。

私は普段訪れたことがほとんどなかった、蓮池の東屋(あずまや)に居た。
他の場所は皇憐との思い出が多すぎて、とてもじゃないが、今はまだ近寄ることすらままならない。

愛李が処置してくれた両手は包帯がグルグル巻きになっており、それを隠すために袖の長い服ばかりを着ていた。


「桜琳。」


名前を呼ばれて振り返ると、秀明がこちらに歩いて来ていた。会うのは儀式の日以来だ。

秀明は私の隣に腰掛けると、優しく微笑んだ。


「少しは落ち着いた?」


そう問われて苦笑を漏らした。秀明のことだ、私のことなんて何でもお見通しだろう。


「当分は難しそう。穏やかな気持ちで、皇憐との思い出に向き合うことができる日なんてくるのかしら…。…今はまだ想像できないわ…。」
「当たり前だよ。僕にとっても生まれた時から側に居てくれた人だったんだもの。僕と桜琳の辛さが同等とは言わない。でも、辛いっていう意味では、皆一緒だから…。」


そう言って悲しそうに微笑んだ。

この辛さを肯定してもらえる。それだけでどれほど救われることか。


「…今日も、青空が綺麗だね。」


秀明につられて空を見上げて、また泣きそうになった。何年も曇り空を見てきた私には、青空は眩しすぎる。


あの日以来、怨念騒動は収束した。

怨念そのものが封印されたため各地の凶暴化は発生しなくなり、嘘のように作物の実りが良くなった。不治の病とまで言われた疫病も、いつの間にか皆完治し消え失せていた。


まだ、あれからたったの数日だというのに。


「ねぇ、桜琳。」


秀明の方を振り返ると、秀明は穏やかだけれど意志の強い瞳をしていた。
そっと私の両手を取ると、包帯でぐるぐる巻きの手を見て少し驚いた顔をした。けれどすぐに顔を上げ、私の目を真っ直ぐに見つめた。


「僕は、皇帝になるよ。」


何を今更と微笑み返すと、秀明も微笑んだ。


「僕は、皇憐が守ってくれたこの国を、この平和を守りたいんだ。そして、より豊かにしていきたい。桜琳、君にも手伝って欲しいんだ。…僕の、隣で。」


婚約者なのだから、私が秀明と結婚して皇后になるのは必然で。だから、本来ならばこんな言葉は必要ない。

秀明らしいなと、微笑んだまま頷いた私を見て、秀明は苦笑した。


「…伝わってないと思うからハッキリ言うけど、僕、小さい頃から桜琳のことが好きなんだ。」
「え…。」
「でもね、桜琳と皇憐が両想いなのにもいち早く気付いちゃってね…。まったく、自分の洞察力が嫌になるよ。」
「だって、婚約は破棄するって…!」


そう言うと、秀明は苦笑したまま蓮池に視線を移した。


「だって、僕が身を引くだけで大好きな人2人が1度に幸せになるんだよ? 僕にとって、大好きな人の幸せは自分の幸せと同じくらい大切なんだよ。」
「秀明…。」


私は私の手を取る秀明の手を、上から包み込んだ。


「私、全然気が付かなくて…、自分の幸せばかり…。」
「そんなことないよ。」


秀明はこちらに向き直ると、今度は指を絡めるように私の両手を取った。

秀明にそんな行動をされたことがないので、思わず戸惑ってしまう。顔は赤くなっていないだろうか。