龍は千年、桜の花を待ちわびる

ついに始まってしまう。こうして見ると、祭壇上のあの箱はまるで『棺』のようだ。


秀明が祝詞(のりと)を読み始めると、それに合わせて鬼たちは演奏を始めた。曲名は『桜恋歌(おうれんか)』。かつて私が、叶わないと思っていた皇憐への想いを載せて作った曲だ。

この曲を封印に使わせて欲しいと秀明に頼まれたのは、皇憐が人柱になると聞いた直後だった。この曲ならば鬼たちも熟知しているし、何よりも思いは力になるから、と。


「空が…!!」


誰かが叫びを上げ、私は空を見上げた。

見たこともないドス黒い暗雲が立ち込め、渦を巻いていた。それは立ち昇る煙のような黒い霧を吸収してどんどん大きくなっていった。黒い霧はここから見えるだけでも各地から立ち昇っている。


(まさかあれが、『怨念』…!)


暗雲はどこまでも大きくなっていった。

やがて黒い霧が収まった頃には、国全体を覆う程の大きさになっていたんじゃないだろうか。皇憐たちは、こんな途方もないものと戦っていたのか。

そしてそれは、祭壇に置かれた箱に竜巻のように吸い込まれ始めた。暗雲がどんどん小さくなっていく。

私はただ皇憐の背中を見つめていた。


「おお…!」


再び誰かが感嘆を漏らし、私は再び空を見上げた。小さくなった暗雲の合間から、青空と太陽が顔を覗かせていた。


「青空が…!」
「太陽だ!」


そういえば、こんなに綺麗な青空を、太陽の光を見たのはいつぶりだろうか。

怨念騒動が始まった頃から、日によって厚みに差はあったものの、空は毎日雲に覆われていた。まさかあの雲まで怨念の影響だったとは。


暗雲がついに箱に全て吸い込まれた時、秀明が火に巻物を焚べた。

次の瞬間、皇憐の体が光出した。私は無表情のまま、その背中を見つめていた。光はどんどん強さを増していく。

不意に、皇憐が首だけで微かにこちらを振り返り薄い笑みを浮かべた。私も咄嗟に、薄く笑みを返した。


そして次の瞬間、皇憐は眩い光を発して消えた。


そして箱に立てかけられていた蓋が大きな音を立てて勝手に閉まった。秀明は祭壇に上ると、封印の札を2枚、蓋が開かないように貼った。

祭壇を下り、秀明は一礼して言った。


「無事に封印は成功いたしました。これにて、儀式を終了といたします。」


背後からワッと歓声が上がった。皇帝や皇后、秀明は「やりましたな!」と声をかけてくる重役たちに笑顔で応えていた。

私は、笑えなかった。


「さぁ、儀式が無事に終了したことを祝って祝宴といきましょう! 皆様こちらへ!」


宰相(さいしょう)がそう言うと、皆そちらへと動き出した。

皇帝や秀明も移動したが、私はその場を動けずにいた。いつの間にか、楽器を持った鬼たちが隣にいた。誰も泣くことなく無表情で、ただ封印の箱を見つめていた。


やがて火が消され、兵たちが箱を祭壇から下ろしたのを見届けて、やっと私たちも動き出した。