龍は千年、桜の花を待ちわびる

「ええええぇぇぇぇぇえ!」


ついつい朝から大きな声で叫んでしまった。皇憐はうるさそうに耳を塞ぎ、水凪は苦笑いし、空は硬直していた。


「うるせぇぞ。」
「だって…、水凪来ないの!? 空もまた!?」


そう言うと、水凪は苦笑したまま首を傾げ、空は目を合わせまいとそっぽを向いた。

別に皇憐との二人旅が嫌なわけではない。皆で行った方が楽しいだろうし、ついでに『楽しくってあっという間だったね』現象でも起きてくれればと思ったのだ。特に空とは昨日でかなり仲を深められたと思ったのに…。


「なんで? また胡散臭(うさんくさ)い古くからの言い伝え?」


そう問うと、3人とも吹き出した。空は可笑しそうに口元をモゴモゴさせ、水凪は苦しそうに(うつむ)いたまま肩を振るわせ、皇憐に至っては盛大に笑っていた。


「結…、そんな風に思ってたの…。」
「え、胡散臭くない?」
「ははっ、う、胡散臭っ…ぶはっ…。」
「こ、この国でありがたいとされている言い伝えだというのに、そなたはっ…。」
「えぇ、ありがたいの? 誰にとって?」


眉間に皺を寄せてそう言うと、もう限界と言わんばかりに空と水凪もしっかりと笑った。
そんなに笑わなくてもいいじゃん。誰にとってありがたいのかは知らないけど、私にとっては全くありがたくないし、胡散臭いんだもん。

ひとしきり笑った後、3人は各々呼吸を整えた。


「この封印は、1人の乙女のおかげで成し得たと言っても過言ではないのだ。」
「乙女…?」
「うむ。言い伝えはそれに(ともな)ったものが多いのだ。」
「なるほどねぇ…。」


そんな話、『皇憐-koren-』でされてたっけなぁ…。まぁもうとっくに当てにできなくなってるし、今更そこに(すが)っても仕方がないんだけど…。


「にしても、秀明(しゅうめい)もそこまで言われるとは残念な奴だな。」


そう笑って言った皇憐の言葉に驚きを隠しきれなかった。


「この言い伝えを遺した人って、“シュウメイ”っていうの…?」
「おう。」


私は震えそうになる両手を握り合わせた。何を隠そう、『皇憐-koren-』の作者の名前も『秀明』なのだ。字を教えてもらうも、漢字もバッチリ一緒だ。


(どういうこと…。)


『皇憐-koren-』の作者もこの世界からの転生者であることは薄々気付いていた…というか、ほぼ確信していた。それが今決定的なものになった。


「もしかして、皇憐を封印した優秀な人っていうのも、その秀明…?」
「おう…。」