龍は千年、桜の花を待ちわびる

次に向かったのは(びょう)だった。確か、先祖の霊を(まつ)るための建物だとどこかで読んだような気がする。


「ここ、皇憐、封印されてる…。」
「え…。」
「怨念と皇憐の本体、ここに居る…。」


そう言って扉を開けた。

中に入ると、とても大きな祭壇が正面にあった。中央に置かれた箱は、まるで棺のようだ。あの中に…封印されているんだろうか。周りには、沢山の花が生けられていた。
その手前、仏壇であれば線香なんかが置いてある位置に、札や見慣れない紙が置いてある。きっと封印関連の物だろう。

そしてそこからさらに手前に、長椅子が置いてあった。布地こそ綺麗な物だが、椅子の脚からしてかなり古い物だ。何となくそこに腰掛けると、顔を上げた先に封印の箱があった。


(……。)


「…皇憐…。」
「呼んだか?」


ポツリと名前を呟くと、後ろから返事があった。驚きのあまり、物凄く勢い良く振り返ってしまった。


「な、何でここに…!」
「何でって、俺はその箱から漏れ出た妖気だからな。本体の側に居たっておかしくないだろ。」


そう言われてみれば、そうなのか…? 聞けば皇憐は皇帝たちの申し出を突っぱねて、客間ではなくこの廟を自室として使っているらしい。


「空中に浮いたり、その長椅子使えば十分寝れるしな。」


と言って、空中に浮いて見せた。そっか、そういえばそんなこと言ってたな。布団も掛けないところを見ると、野生児感がすごい。けれど恐らく、冷えなんかも何も感じないんだろうな。


「そもそもこの廟は俺の部屋だったんだ。俺が封印された後、主が居なくなったもんだから、そのまま廟にされたけどな。」
「なるほどね。」


そうなるとこの廟に居た方が落ち着くのも納得がいく。当時の面影はないかもしれないけれど、落ち着くんだろうな。


「結。そのまま座っててくれねぇか。できたら、箱を見上げた状態で。」
「え?」
「ちょっとでいいんだ、頼む。」
「こ、こう?」
「…あぁ。」


そう言われて、私は困惑するままに長椅子に座り箱を見上げ続けた。と言っても、ほんの数分だった。皇憐は満足気に「ありがとな」と言うと困惑する私を他所に、どこかへ行ってしまった。

空はただ微笑みながら、私たちのやり取りを見つめていた。


その後は蓮池に向かったのだが、道中に水凪の部屋があり、その周りに空以外の鬼の部屋もあった。…ちなみに、『皇族に並ぶ貴族』というのは鬼たちのことだった。通りで皆自由なわけだ。

蓮池に着いて、私は顔を(しか)めた。


「蓮…“池”…?」


湖の間違いでは? かなりでかいよね? 場所によっては対岸が見えないんですけど…。

蓮池内の右手前側にはいくつかの小さな浮島とそれらを繋ぐ橋があり、左奥には湖の中に建つ東屋(あずまや)と岸を繋ぐ橋がかけられていた。さらに東屋に小舟が停められているところを見るに、そんな楽しみ方ができるくらいには大きい池のようだ。


「これ…周りの木、全部桜?」


そう訊ねると、空は満足気に頷いてみせた。国名に入っているだけあって、桜の量が凄まじい。視界に入っている木は恐らくすべて桜だ。


「この道ずっと行くと、桜林ある…。」
「ほぇ…。桜の時期だったらとんでもなく綺麗なんだろうなぁ。」


私は空に案内されて、蓮池の端の長椅子に腰掛けてボンヤリと景色を眺めた。


(……。)


見覚えのある景色や風景。空に宮殿内を案内されるうち、私は気が付き、そして確信した。

転生前の私は、“ここ”で生きていた。