龍は千年、桜の花を待ちわびる

翌朝、皇憐は至っていつも通りだった。昨晩のあれは何だったんだろうか。私の、あの涙も…。
…いや、今は止めておこう。今日はこれから水凪に会うのだから。

朝食を済ませて宿を出ると、夜とはまた違った活気に満ち溢れていた。それに気が付かなかったが、思ったよりもしっかりと雪が積もっている。
道中ほとんど民家すらなかったが、この国の住人はこうした大きな街に大半が住んでいるようだ。


「あれ…?」
「ん? どうした?」


昨晩は何も感じなかったのに、何だか既視感を感じる。なんだろう…?


「いや、何でもない…。」


まさか、ここにきて前世のことを思い出し始めたとか…? チラッと前を歩く皇憐の背中を見る。
昨日、あんな風に触れられたから…? 今まで皇憐との肉体的接触はせいぜい手が当たる程度だった。…あ、でも頭撫でられたことあるしなぁ。

うーんと首を傾げる私を他所に、皇憐は人混みの中をどんどんと歩いて行く。


「あ、皇憐! 待って…!」


そう声を掛けるも人混みに()き消されて、あっという間に皇憐の背中は見えなくなってしまった。


「やっちゃった…。」


迷子なんて何年ぶりだろうか。毎日のように人の多い乗り換え駅を利用しているはずなのに、こんな人混みで見失うなんて。必死に辺りを見渡すも、それらしい人影は全く見当たらない。
皇憐は背が高い方だと思うが、周囲の人の防寒具の帽子やらで皇憐の身長は全く意味を成さなかった。


「どうしよう…。」


迷子になったらその場を動くなとよく言うけれど、露店がひしめく通りで(はぐ)れてしまったため、一所(ひとところ)に留まっていることが難しい。
結局、いつの間にか通りの端まで流されてしまっていた。見通しは多少良くなったが、見つけてもらえるだろうか…。

どうしたもんかと考えを巡らせていたその時、勢い良く肩を(つか)まれた。そちらを振り返ると、“青い人”がいた。髪も着物も瞳の色も青だ。直感ですぐにこの人が水凪(みなぎ)だと分かった。
彼は私を見て、とても驚いた表情をしていた。いろいろな意味で困惑した私は、なかなか言葉が出てこなかった。

けれど水凪が発した言葉で、さらに困惑した。


桜琳(おうりん)…!?」
「え…?」


私が困惑していることに気が付くと、水凪はハッと我に返り、「すまぬ」と謝罪しながら手を離した。


「人違いだ。」
「あ、あの、あなた水凪でしょ?」


私がそう問うと、水凪は不思議そうに首を傾げた。


「いかにもそうだが…。」