龍は千年、桜の花を待ちわびる

「なぁ、そろそろお前の世界のこと訊いてもいいか?」
「私の世界?」
「あぁ。まずお前の年齢からなんだが…。」


そう言われて、私はハッとした。そういえば私、自分のことを皇憐に何も話していない。皇憐にとっても私も素性の知れない人間だというのに…。


「ごめん! 私、自分が気になることばっかり…。」
「いや、お前にとってここは何1つ知らねぇ世界なんだ。不安になって訊きまくるのが当然だろ。」


頬杖をつきながらそう言う皇憐を見て、心がホワッと温かくなった。皇憐のこういうところ、すごく好きだなぁ。この3日間だけでも、どれだけ救われただろう…。


「皇憐って、大人だね。」
「何年生きてると思ってんだ。」


そう言って笑い合っていたところに、丁度料理が運ばれてきた。


それから私は自分の年齢や家族のこと、日常生活のことなど、いろいろなことを皇憐に話した。
皇憐は興味深そうに聞いていて、終いには「こんなに生きてるのに、まだ俺が全く知らない世界があったとは…」とぼやいていた。

ちなみに『皇憐-koren-』のことは伏せておいた。自分を好き勝手描いた漫画なんて、いい気がしないかもしれないから…。


私たちは食事を終えると、それぞれ風呂に入って部屋に戻った。

寝る支度を整えると、布団の上にやっと腰を落ち着けた。隣の皇憐を見ると、こちらに背を向けて横になっていた。
その背中を見た瞬間、なぜか勝手に言葉が口をついて出た。


「私ね、少しだけ前世の記憶があるの。」


そう言うと、皇憐は首を捻って頭を少しだけこちらに向けた。


「きっとこの世界の住人だったんだと思う。結構風景とか景色は覚えてるんだよ。でも…自分自身のことはすごく曖昧で…。たぶん良家に生まれた女の子だった。良家の男の子と結婚して、子宝にも恵まれて、幸せな人生だった…と思うんだけど…。」


皇憐は私の言葉を聞き終えると、背中を向けたまま気怠げに起き上がった。


「それだけ…か?」
「え…?」
「今覚えてるのは、それだけか…?」
「……うん…。」


皇憐はこちらに向き直ると、じっと私の顔を見つめた。急にそんな風に見つめられると緊張してしまう。


「…結。」
「は、はい。」
「少しだけ、触れてもいいか。」
「え…。」


困惑する私を他所に、皇憐は右手で私の左頬を包み込むように触れた。こんな風に皇憐に触れられたのは初めてだ。


「皇、憐…。」


皇憐は切なげに微笑んだ。そしてその後ろに、なぜか舞い散る桜の花びらが見えた気がした。
皇憐は親指でするりと私の頬を一撫ですると、手を引っ込めた。


「…ちょっと下で水もらってくるわ。先寝とけ。」


私は先程まで皇憐の手が触れていた左頬に、そっと触れた。

どうして…こんなに切ない気持ちになるんだろう。涙が零れてしまいそう。これは、何の涙…?