龍は千年、桜の花を待ちわびる

その後、旅は順調に進み無事に1日目が終わろうとしていた。


「さてと、今日はここまでにするか。」


道を少し外れた森の中、開けた場所を見つけると、皇憐は荷物と熊を地面に下ろした。


「疲れた〜!」


緩急ありの坂道を永遠に登り続けたため、私の足はもうパンパンだ。靴擦れしなかったのが幸いとしか言いようがない。


「俺は熊の処理しながら晩飯作るけど、お前はどうする? 湯浴みでもするか?」


そう問われて、私はキョトンとした。あの荷物の中に、風呂に入れる程の道具や水が入っているようには到底見えない。近くに川でもあるんだろうか…。


「疲れたし、できるならしたいけど…。」
「了解。」


そう言うと、皇憐は手をかざした。するとボコボコと地面が盛り上がり、あっという間に鎌倉ができた。

皇憐に続いて鎌倉の中に入ると、皇憐は同じ調子で手をかざした。すると今度は昔の釜戸のような風呂が出来上がり、下の穴には火が(とも)り、上の桶には水が溜まった。


「よし!」
「よしって…!」
「ん?」
「いや、何でもない…。」


ツッコミどころが多すぎる…。


「洗濯もするだろ? 乾かしてやるから、洗ったらこの籠に入れとけ。」


そう言って籠を渡された。私は頭がついていかないながらも入浴の準備を済ませ、1人皇憐が出て行った風呂鎌倉へ戻った。


「結。」
「何〜?」


荷物を中に置いて入口に戻ると、皇憐は入口の隣に私の目線ほどの高さの小窓を作った。


「この入口閉めっから、済んだらこっちの小窓から声掛けろよ。」
「え、うん。」


そう返事をすると、すぐに鎌倉の入口が(ふさ)がった。振り返ればいつの間にか鎌倉内にいくつか松明(たいまつ)があり、照明の役割を果たしてくれている。

私は風呂が沸くのを待つ間に洗濯を済ませ、火を消すと十分に温まった湯に浸かって溜め息を吐いた。


「生き返る…。」


(っていうか、この旅、もしや超快適なのでは?)


当然のように野宿を覚悟していた私は、何日も風呂に入れないのはもちろんのこと、皇憐と様々な場面で(いが)み合うことになるのでは、と想像していたのだ。

まず、完全に想定外だったのは皇憐が“大人”だったことだ。荷物を全部持ってくれて、炊事なんかも全部やってくれるし、気遣いも完璧だ。

力のことまだ聞けてないけど、チートすぎじゃない? これじゃ私、ダメ女になっちゃいそう…。


風呂を済ませると、約束通り小窓から皇憐に声をかけた。すると鎌倉に再び入口ができた。

私が外に出ると忘れ物がないかを確認した皇憐は、鎌倉をすぐに潰した。鎌倉だった場所は、あっという間にまるで何もなかったかのような更地になってしまった。


(チート…、すご…。)


私はもう驚きはしても、動揺はしなくなりつつあった。


「洗濯物、それで全部か?」
「あ、うん。」


皇憐は目を閉じて私が持っていた籠の上に手をかざした。温かい風が吹いたかと思えば、籠の中の洗濯物が乾いていた。


「よし、片付けてこいよ。飯にしよう。」
「う、うん。」


なんて力。チートすぎる。

荷物を片付けようとした時、もう1つ鎌倉ができていることに気が付いた。覗き込んでみると、中央に焚き火があり、焚き火に足を向ける形でベッドのような物ができていた。

近付いて触ってみると、干し草に持参したシーツをかけたもののようだった。繰り返すが、当たり前に野宿だと思っていた私は、固い地面の上に布を敷いて眠るものとばかり思っていたのに。


「…至せり尽せりすぎない…?」


私はポツリと独り言をこぼした後、皇憐のもとへと戻った。