それから2週間程して、桜琳様と皇憐様が南の街にやって来た。


「こ、皇憐様! 桜琳様! ほ、本当にいらした…!」


僕は市場での買い物から急いで戻り部屋に入ると、勢いそのままに最敬礼の姿勢をとった。


「本当にまたお会いできるなんて…!!」
「あはは、落ち着いて、彩雲。」
「お前も相変わらずだな。」


桜琳様だ。皇憐様だ。お2人にまたお会いできた。それだけでもこんなに…夢のように嬉しいなんて。

皇憐様のお話によると、秀明様はまだこちらには来ていないようだった。


宮殿へは同行しない私のために、お2人は一泊してから出発することにしてくださった。

そして僕にも好い人がいるという話になると、皇憐様は「お前も偉くなったなぁ」とニヤニヤしていた。

僕は照れ笑いをする他なかったが、どうにかこの話が秀明様に届けばいいと思った。


お2人は秀明様の理想通り、再び想いを通わせていた。


見送りの際、さまざまな思いが心の中を駆け巡って、涙が止まらなかった。

ただの熱血漢のように映ったかもしれない。


けれど僕にとって、この別れは今生の別れだった。

秀明様はやはりすごい方だと痛感させられるとともに改めて敬愛の念を抱き、そして秀明様の望み通り今度こそお2人が幸せであるようにと、心の底から願った。


焔さんたちが旅立ってから、彼女は家に滞在するようになった。

夫婦になったようで、嬉しかった。


けれど、それも本当に束の間で。

焔さんたちが旅立って数日後、空さんから『風の知らせ』を受けた。


「…そろそろ、時間みたいです。」


彼女にそう告げると、彼女はあの日のように大粒の涙をボタボタと零した。

僕は閉め切られた部屋の中で、彼女の手を握った。


「見たくなければ、今すぐに出て行きなさい。」


彼女はただ、首を横に振った。

僕たちは部屋の中で腰を落ち着けると、そっと肩を寄せ合った。下には布が敷いてある。


「僕が消えた後、もし灰が残ったら…焔さんに渡してもらえますか?」


そんな残酷な願いに、彼女は文句1つ言わず頷いた。


「ありがとうございます。」


そう言うと、彼女はただ首を横に振った。


僕はこの1000年を振り返っていた。

いろいろなことがあった。けれど、皆で怨念と戦った、あの日々が1番楽しかっただなんて…不謹慎な自分に苦笑する。皇憐様も居て、ほんの(わず)かな時間だったけれど…本当に楽しくて…幸せだった。


そして1番幸せだった日々は…間違いなく、彼女が隣に居てくれた日々だ。

彼女は今、何を考えているのだろうか。


「最期まで、僕の側に居てくれてありがとうございます。」
「はい…。」
「どうか、幸せになってください。」
「はい…。」


肩を寄せ合ったまま彼女の顔を見ると、彼女は泣いたままだったが、瞳に強い意思を宿していた。


「きっと好い方を見つけて、幸せになりますっ…。」
「はい。」
「でもっ…、それでも、彩雲様はっ、私にとって、特別な方ですっ…。」


そう言われた瞬間、一筋涙が零れた。


どうしても、ずっと秀明様と桜琳様が理解できなかった。なぜお2人は皇憐様のことがあったにも関わらず、あんなにも穏やかな関係を築けたのか。

けれどやっと今、1000年かけてそれが理解できた。


「ありがとうございます。」


そう微笑んだ瞬間に、僕の体が光り出した。


「彩雲様っ…!」


泣く彼女の頬に触れると、思わず笑みが溢れた。


僕はこのまま居なくなるけれど、彼女の心の中には、いつまでも居続けられる。

秀明様と桜琳様はそれを理解し受け入れ、その上で互いに愛し合っていたんだろう。


(理屈じゃ…分からないことばかりだ…。)


「ありがとう、幸せでした。」


そう言った次の瞬間、僕は眩い光の中、意識を手放した。


彼女にも桜琳様同様、辛い思いをさせてしまうのは間違いない。

けれど…彼女が幸せになってくれることを、永遠に願い続けよう。