「研究データを盗んだ犯人、それは――」
声を張り上げ、金髪碧瞳の美人・アーレス様は続けた。
「最近出入りを始めた、そこのアリアとか言う女が犯人でしてよ――」
「わ――わたし――!????」
突然名指しで犯人扱いされて、驚いてしまう。
(わ、わたしはびっくり仰天でしてよ!?)
研究員と思しき魔術師たちが一斉にわたしの方を見ていた――。
「ち、違います、わたしは――」
わたしがうろたえていると、アーレス様はさらに畳みかけるように叫んでくる。
「犯人は、いつもそうやって、自分はやっていないと言いますのよ!!」
(そ、そんな!! 全く身に覚えがなさすぎる――!)
しかしながら、周りも証拠が落ちていたならとざわめき始めている――。
(どうやって身の潔白を証明したら良いの!!!?)
わたしが、今日来ているオレンジのチュールのドレスのスカート部分をぎゅっと握っていると――。
「私の婚約者がそんなことをするはずがないだろう――」
地が震えるほどの、ものっすごく低い声が私の隣から聞こえた――。
声の主はテオドール様……。
もちろん、その声も恐ろしかったのだけど――。
「は、はい?! 婚約者――?」
突然の恋人から婚約者に、設定が昇格していたことに、わたしはもんのっすっごく戸惑った。
(て、テオドール様の婚約者……)
わたしはちらりと、彼の綺麗な黒髪と菫色の瞳を見る。
犯人呼ばわりされている時だというのにドキドキしてしまった――。
「平民の女と、伯爵がそんなに簡単に婚約なんてできませんことよ!! この人たちは適当な嘘をついています!!」
アーレス様は負けじと叫ぶ。
それに対して、テオドール様が淡々と話した。
「アリアは嘘をつかない――平民だなんだ、爵位がどうだと気にするような貴族の女たちよりも、よほど信頼できる――」
テオドール様のその言葉は、いつも以上に真摯で――だけど、なんだか寂しそうに聴こえた――。
(なんだろう――テオドール様がとても辛そう――)
そこに、ムキになったアーレス様が続けた。
「だったら証拠を、お見せなさいよ!!」
テオドール様は続けた。
「アーレス様……あなたには魔力が限りなく少ないから分からないのだろう……この場で、研究データを奪ったという本当の犯人について、私が口にしても良いのだが――」
アーレス様は悔しそうに、その美しい顔を歪めた。
「わたくしに、立てつくと言うの――!? 裏で不正を働いて爵位を落とされた者の息子の分際で――!」
「――――!」
わたしの隣に立つテオドール様が息を呑んだのが分かった。
(テオドール様……)
数年前に、テオドール様の父親であるピストリークス侯爵が、武器や食料を敵国であるスフェラ公国に流していたのは有名な話だ。
その不正を祝いの場で明らかにされたピストリークス侯爵は爵位をはく奪され、辺境の地に追いやられた。
基本的に爵位を家が継承していく我が国だが、その息子のテオドール様には罪がないからと、当時の国王が温情で伯爵に爵位を落とすにとどめたというのは、国では有名な話だ――。
(そして周囲には、テオドール様と目が合うと呪われるとまで言われてしまっていた……)
でもそんな噂は噂でしかなかった。
(テオドール様は寡黙で時々怖いけど、本当はとても優しい方だわ――)
わたしはアーレス様に向かって叫んだ――。
「不正を働いたのは、テオドール様のお父上です!! テオドール様は関係ありません!! テオドール様は、とっても優しいお方です!!!」
わたしの言葉に、打ちひしがれていたテオドール様がはっとなった。
「アリア……」
アーレス様が叫んだ――。
「わたくしが誰だかわかっているの――!? 私は二大筆頭貴族の娘――! アーレス――」
「そこまでだ――」
その場に、別の誰かの声が聴こえたのだった――。


