すっかり腰が治ったメイド長のムーシカさんが、わたしの部屋にたくさんのドレスを運んできていた。
 わたしは鏡の前に立たされて、かわるがわるドレスを当てられていた。

「アリアちゃん、可愛いわね。すっごく似合っているわ!」

 ムーシカさんは楽しそうだった。
 フリルのついたチュールのドレスに、白いシルクで出来た大人っぽいドレスまで……。

「これなんかどうかしら! 亡くなった奥様が着ていらっしゃったのよ!」

 そこには、淡い緑色で袖が丸くふんわりと膨らんだドレスがあった。

「アリアちゃん、腰がすっごく細いからコルセットはいらないわね! 良かったらこれを着てくれるかしら?」

 そう言って、淡い緑色のドレスをわたしは着用することになった。
 メイドが着用する白いエプロンと、黒いワンピースを脱いで、シュミーズだけの姿になる。

(ちょっと、ドレスにわたしが負けそうな気が――)

 足首まであるスカートから履いて、上半身のふんわりした袖に腕を通そうとしたところ――。


「アリア、お前に渡したいものが――」


 がちゃりと部屋の扉が開いた――。

 そこには、黒髪菫色の瞳をしたマリアの雇い主テオドールが立っていた。

「って、きゃあああああああああああああああああっ!」

 若い女の子が上げるとは到底思えない叫び声を、わたしは上げてしまった。

「す、すまない、昼間に着替えているなんて思いもせず」

 普段は冷静沈着なテオドール様が、少しだけ慌てている。

「坊ちゃん! 女性の部屋にノックなしで入るなんて何事ですか!」

 ムーシカさんが白髪を振り乱しながら叫んで、テオドール様を部屋の外まで押し切った。
 そうして、バタンと扉の音が鳴って、彼の姿はいなくなった。

(ま、まないたなみに胸はないけど、けどけど……)

「お、お嫁にいけない……」

 気落ちしているわたしに向かって、ムーシカさんが溌溂とした声で話しかけてきた。

「大丈夫よ! お坊ちゃんが、アリアちゃんの旦那様になるんだから!」

「ふえぇえっ!?」

 私は混乱してしまった。一応恋人役を務めるとは言え、(仮)でしかない。それが旦那さまだとか、話が飛びすぎているような……。
 そもそも平民と貴族だから、結婚しても、私は正妻にはなれない――。
 なんとか緑のドレスを着終わったわたしは、話を切り替えたいのもあって、扉の外にいるテオドール様に会いに向かった。

「テオドール様?」

 ドアを開けて、主の名を呼ぶ。
 そこには、ちゃんとテオドール様立っていたのだが――。

(反応がない――)

 ぼんやり、わたしの姿を見ているだけだったので、何度か名前を呼んだ。
 けれども反応がない――。

(どうしたの――?)

 心なしか、彼の頬が赤らんでいる気がする。

 すると――。

「あら、やだ、坊ちゃん! アリアちゃんが可愛いからって見惚れちゃって!」

(ええっ――!? 見惚れ……)

「ああ、いや、まあそうだな……」

 テオドール様は、わたしから視線をそらしてぽつりと口にした。

「似合っている……」

 テオドール様にそう言われて。わたしまで頬が熱くなっていくのを感じる。

(わわわ、男の人で洋服を似合っているとか言ってくれるのはお兄ちゃんぐらいだから……恥ずかしい)

 わたしもテオドール様の顔が見れなくなった。
 二人とも何もしゃべれずに立ち尽くしていると――。

「それで坊ちゃん、アリアちゃんに何の用ですか――?」

 ムーシカさんがテオドール様に問いかける。

「あ、ああ、そうだ。渡したいものがあったのだが――せっかくアリアも着替えているし、城の魔術研究所についてきてほしい――」

「魔術研究所ですか――?」

 確か、テオドール様は城にはあまり顔を出さない伯爵として有名だったはずだ――。
 それがいったいどうして、城に――?

「雇用した時に、変わった女に追われていると話しただろう?」

「は、はい、そう言えば――」

 そうだった気もする。
 だから私が、彼の恋人役になる予定だったと――。

「その変わった女に、お前と二人で会いに行く――しっかり、恋人になりきってくれ――」

(な、なんと、もう恋人のふりをする日が来てしまった――!?)

 動揺するわたしと、ちょっとはにかむテオドール様。
 それを見て、ムーシカさんがにやにや笑っているのでした――。

 ということで、城行き決定!!!