
丈がその少女を初めて意識したのは、彼女が何か特別なことをしていたからではなかった。
むしろ、逆だった。
何もしていないのに、なぜか目に入った。
授業が終わったあとの自習室。
生徒たちが帰り支度を始め、椅子を引く音や友人同士の話し声が重なっている。その中で、窓際の席に座った少女だけが、まだ机に向かっていた。
長い黒髪が、俯いた頬の横からさらりと落ちている。
白い指でシャープペンシルを持ち、参考書とノートを交互に見ながら問題を解いていた。
高校生にしては大人びて見える。
背筋を伸ばして静かに座っているだけなのに、妙に目を引く。
「先生」
突然声をかけられて、丈は視線を逸らした。
「ん?」
「これ、どこに置けばいいですか?」
「ああ、それなら職員室。俺が持ってくよ」
「ありがとうございます」
教材の束を受け取りながら、もう一度だけ窓際を見る。
少女は変わらず問題を解いていた。
誰だったか。
顔には見覚えがある。
丈が担当している授業にも何度か出ていたはずだ。
ただ、名前までは覚えていなかった。
塾講師のアルバイトを始めてから、随分と多くの高校生を見てきた。
よく質問に来る生徒。
授業中に寝ている生徒。
友達と喋ってばかりいる生徒。
講師に妙に懐いてくる生徒。
彼女は、そのどれにも当てはまらなかった。
授業は真面目に聞いている。
質問もする。
けれど積極的というほどでもない。
休憩時間には友達らしい女子生徒と普通に話しているし、時折笑っている姿も見る。
だから、人付き合いが苦手というわけでもなさそうだった。
それなのに。
彼女は授業が終わっても、なかなか帰らなかった。


