「ごめん。待った?」
後ろから声がして振り返ると、いつの間にか櫂が今朝と変わらない笑顔を浮かべて立っていた。
「全然。わたしも今来たところだよ」
「それならよかった。うわー、ここは風が気持ちいいな」
「そうだね。春っていいよね」
屋上の真ん中にゆっくりと座り込んで、なんとなく空を見上げた。
茜色をした細長い雲が色づいた春の空が目の前に広がっている。
綺麗だなぁ。ずっと見ていたくなるくらいだ。
すると、彼も同じようにわたしの隣に腰を下ろして、
「俺、季節の中で春が好きなんだ」
と、真綿のように柔らかい声でそう言った。
その彼の横顔はとても穏やかで意図せずトクンと鼓動が高鳴った。
知っているよ。
君が好きな季節をわたしも好きになったんだから。
「わたしも春が一番好き」
君が春の素晴らしさを教えてくれたんだよ。
春だけでなく、世界には色んな美しい景色で溢れていることに気づかせてくれた。
───君は覚えていないだろうけれど。



