新そよ風に乗って ⑦ 〜Saudade〜

「近くまで車寄せるから、そしたら走って来い。 転けるなよ」
そう言うと、高橋さんは雨の中、走って車まで行ってしまった。
いいのに……。
頭からすっぽり被せられたジャケットからは、やっぱり高橋さんの香りがして、思いっきり深呼吸をした。
ああ、高橋さんの香り……落ち着く。
そして、ギュッとジャケットを両手で掴みながら車まで走った。
「高橋さん。 ごめんなさい。 雨が酷いから、濡れちゃいましたよね。 大丈夫ですか? 風邪ひかないようにして下さいね」
車の暖房を強めにしてくれていたらしく、エンジンが温まってくると、暖かい風が左右から出てきて冷えた体に心地よく感じられ、高橋さんのジャケットをハンカチで拭き終えると、皺にならないように後部座席に置いた。
「これから、お前の家に行くけど……」
「すみません。 疲れているのに」
今日、退院したばかりだということを思い出し、申し訳なくなってしまった。
「全然、疲れてなんかいない。 だって、これから貴ちゃん家にお泊まりだもんね。 陽子ちゃん」
「えっ?」
「だから、お前のよく言うお泊まりセットとやらを、取って来てから行くんジャン」
エッ……。
予想外の展開に、あれだけ水曜日に肯定、否定を繰り返しながら考えを錬っていた今日の計画のようなものは木っ端微塵に打ち砕かれて、言われるままお泊まりセットを持って高橋さんの家に向かっていた。
雨に濡れたせいもあって、直ぐにお風呂に入ってしまった高橋さんは、お風呂上がりに今まで我慢していたビールを美味しそうに飲んでいる。
「ふぅ……やっぱりビールは、風呂上がりが最高だな。 月曜日からずっと飲んでなかったから、尚更か。 お前も、早く風呂入っちゃえよ。 温まるぞ」
「はい。 それじゃ」
ゆっくり湯船に浸かりながら冷え切った体を温めていたら、うとうとしてしまったらしく、鼻のところまでお湯が来て驚いて飛び起きた。
半ば、のぼせそうになりながらお風呂から出ると、高橋さんに笑われた。
「ハハッ……お前、たこ助みたいに真っ赤だぞ」
そんな私を指差して高橋さんが笑うので、余計恥ずかしくて赤面してしまう。
「さてと……湯冷めしないうちに、寝るか」
着替えをバッグに入れていると、後ろからそんな声がした。
やっぱり、退院して直ぐに会社に来て仕事もしていたし、疲れているのかな。
「キャッ!」
いきなり後ろから、高橋さんが私を抱き上げた。
「あ、あの……た、高橋さん。 降ろして下さい」
しかし、そんな声は聞こえていない素振りで高橋さんは寝室のベッドに静かに私を降ろすと、携帯をいつものように充電させてリモコンで電気を消した。
高橋さんが布団を掛けてくれたが、まだ暗闇に目も慣れてない。
目を瞑って静かにしていると布団のずれる音がして、慌てて目を開けると左手を私の右肩の辺りに突きながら高橋さんの顔が真上に迫っていた。