新そよ風に乗って ⑦ 〜Saudade〜

面会バッチを外して、守衛さんに返す。
「気を付けて、帰れよ」
「はい。 高橋さんも、お大事に」
「だから、俺は病人じゃないって言ってんだろがぁ」
そう言いながら、高橋さんが冗談で私の首を絞める仕草を見せた。
「つい癖で、アハハ……。 それじゃ、おやすみなさい」
「まだ寝ないけど、おやすみ……だな」
そんなことばかり言っている高橋さんが名残惜しくて、帰るに帰れなくなっちゃう。 金曜日まで長いし……急に寂しくなって、俯きながら床をジッと見つめた。
「金曜日。 夜、空けとけ」
エッ……。
「それじゃ」
高橋さんは、そのまま先ほど乗ってきたエレベーターの方へと、歩いて行ってしまった。
エッ……。
『 金曜日。 夜、空けとけ 』 って……。
高橋さんの後ろ姿を、目で追っていた。
すると、一瞬だけ高橋さんが振り返って左手を挙げたが、振り返す間もなく姿は消えてしまった、
私……今まで、こんなに好きになった人は居ない。
今、別れたばかりなのに、もう会いたい。 話したい。 触れたい。
別れ際、高橋さんが振り返って左手を挙げてくれた残像を思い出しながら、改めて実感した。
金曜日の夜のことを胸に家路に着いたまでは良かったが、家に帰ったら帰ったで、また悶々としてしまい、高橋さんの香りで気持ちを落ち着かせようとアロマキャンドルを炊いて、手には買ってもらったストラップを握りしめている。
さっきは、舞い上がっていたので深く考えなかったが、金曜日の夜……高橋さんが空けとけって言ってたけれど、その日に退院して直ぐに私と会っていいの?
疲れてると思うから、その日はゆっくり自宅で休養した方がいいんじゃないのかな。
だけど、あくまで検査入院だからって高橋さんは言っていた。 いい休養にもなったとも言ってたし、週末だから会ってもいいような気もするし……。
半ば、会えるつもりになっていて、どうやって金曜日は連絡をとるんだろう? やっぱり、メールかな?
そんな具体的なことまで、考えている始末。
結局は、会いたいんだから我が儘だな……。
そんな自分に嫌悪感を抱きながら、必死に考え倦ねた結論は、高橋さんが疲れていそうだったら会うのはやめようという、何とも曖昧なものだった。