新そよ風に乗って ⑦ 〜Saudade〜

「着替えてくる」
「痛っ……」
私のおでこに高橋さんは自分のおでこをぶつけると、私が寝室で着替える事を見越して高橋さんはゲストルームに着替えに行ってしまった。
何か、高橋さん。 
可愛い。
可愛いなんて言える立場ではないし、とても面と向かってなんて一生言えそうにない。
社会人になって、色々なことに戸惑い、躓きながら少しずつ自分の足で歩んでいる。 ふと、振り返った時、初めて高橋さんに会った時のあの強烈なインパクトが忘れられない。 こんなにも、大人でお洒落な人が上司。 そして、ある日。 5歳違いだと知って、愕然とした。 5年後、あんな風に大人の社会人としての雰囲気を醸し出せるかといったら、とてもそんな自信はなかった。 そんな雲の上のような人と、今、付き合っていることさえ未だに信じられない。 とても可愛いなんて、面と向かってどころか、他の人にだって口に出せない。
車に乗っていると、何故か向かった先は、いつもの星空を見に行くコースだった。
高橋さん。
満天の星空が、見たかったのかな?
クリスマスが近い時期に、星空を見るなんて素敵。
夜空の星を好きな人と見上げられるだけでも、十分幸せな気分に浸れるものなのに、クリスマスシーズンになんて贅沢極まりない。
でも、今日はいつも停める駐車場を通り過ぎて、まだ先へと向かっている。
何処に行くんだろう?
少し不安と期待が交互に押し寄せる中、着いた場所はダムだった。
此処って、確か……。
「着いた。 ちゃんとコート着て行けよ」
「はい。 あの、此処って前に……」
「よく覚えてたな」
覚えているに、決まってる。
初めて、高橋さんの香りを貰った場所。
忘れるはずがない。
『取り戻したい人生の忘れ物を思い出した気がする』
高橋さんが言った、あの言葉の意味も、取り戻したい人生の忘れ物が何なのかも、未だに分からない。 
窓から見上げると、星空が広がっていた。
きっと、いつか話してくれる日が訪れるのを待っていよう。 それを聞くには、まだ成長出来ていないのかもしれない。
「ほら、行くぞ」
エッ……。
「はぁやぁくぅ」
「は、はい」
催促されてしまい、急いでコートを着ると、高橋さんが助手席のドアを開けてくれた。
「ありがとうございます」
あの頃は、高橋さんがNEW YORKから帰ってきて、また部下として働けるようになって毎日仕事をこなすだけで精一杯だった。 それは、今も変わらないけれど……。
でも、まだお付き合いはしていなかった。 
あっ……。
あの頃のことを思い出していると、高橋さんがギュッと手を握った。